『大日本史料』 11編 8 天正12年8月 p.433

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知行戌共可遣候、若きものとも望有之時候、急も可馳走候、奧郡奉行として、, 前田利家、能登奧郡ノ百姓ニ命ジ、原田又右衞門尉等ノ麾下ニ屬シテ、, ○佐々成政ノ兵、瑞泉寺ヲ火キ、顯秀、京都ニ走ルコト、九年六月是月ノ, きものともおり合可討留候、舟手の勢はしかと用と不立ものにて候、横地, 條ニ、秀吉、瑞泉寺ヲシテ、一揆ヲ起サシムルコト、十三年四月三日ノ條, ニ見ユ、, 今度越中ゟ手出仕ニ付て、自然其地へ舟手こて相働事も候はゝ、地下の若, 佐々成政ノ水軍ニ備ヘシム、, 原田又衞門尉を遣候、可成其心得候、謹言、, 小平こ、窪田與七郎を遣候、是非此節可仕候、當納を以なり共、又は末代, 候、, 奧郡, 九月五日, 返々、此あるへく候、此たひうち, 〔前田家所藏文書〕, 候はては、かなひましく, 利家(〓〓, 九月五日利家(黒〓, 天正十二年九月五日, 四三三

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  • 天正十二年九月五日

  • 四三三

注記 (20)

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