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ても内藏介此表へ人數出候者、不移時日可注進、然者後卷早々可被成旨被仰、奧村助右衞, 歸可有候とて、如本末森の城は、奧村城代に被仰付、歴々六人迄被籠置、何時によらす、重, 得は、是天のあたへと悦て、先御入候、是をは利家公露ほとも無御存知、津幡の城まて御, の備より物見を出し、樣子を見候處、城中こは一人も無之由見て歸、此趣成政公へ申上候, と被申ゆへ、同十二日酉之刻には、金澤の御城御歸城、御留守之侍并町人百姓共御迎に罷, 可被成と御意候を、彦三、又兵衞、徳山入道、片山内膳なと達而被申候は、今朝大利を得さ, 足被成候、其時は御人數一万計程と相見へ申候、不破、村井また御先を被仰付、濱邊へさし, 著有之、其より近邊の城々末森にて御利運に被成、目出度津幡迄歸城候間、彌堅固に城を, せられ候上は、鳥越の小城にはさのみ被懸御心間敷候、先御馬を被入、重而御取返し御尤, 郎も明候て、敵入替り申候由被申上候、利家公御腹立不大形して、是より直に鳥越へ押寄, 一内藏介殿鳥越城の近邊被押通候か、敵城なれは氣遣被成、押へを置、旗本を押被申候か、押, 可相守旨被仰遣候處、小林喜左衞門鳥越へ參候か罷歸、鳥越は目加田又右衞門も丹羽源十, 懸り、成政の跡をしたひ、御馬を打入被成候得は、一向成政津幡へは心懸なく引退被申候、, にみせて津幡の城を可責も不知、然共津幡不勢成間、可責落も不知間、是より又津幡へ御, 門、千秋主水いつれも御褒美被下、其外の手柄ものとも、重而御吟味可有と被仰、末森御發, 天正十二年九月十一日, 津幡ニ歸, 利家急ギ, 八九
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- 津幡ニ歸
- 利家急ギ
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- 八九
注記 (19)
- 1681,644,60,2211ても内藏介此表へ人數出候者、不移時日可注進、然者後卷早々可被成旨被仰、奧村助右衞
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