『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.837

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候者に貳枚、三番に上り候ものニ壹枚被遣候、殘所無之候, 守樣御覽被成候、, 候得者、それを見て大坂せ〓少もつかへす、其まゝ敗軍、城中へ付入、先一, つし、落城いたし候條、急を兩御所樣へ御注進として、馬上兩人被遣候而, 一其まゝ筑前守樣被成御座候所へ、山城守早々被越候あ、城き火を懸燒く, 一山城守のほり指、一番に家のうへえあかり候者に銀子三枚、二番に上り, り候、大坂勢道筋に黒山のことくに備へても有之、其内ゟ歩武者五七人, 番ニ山城守火を付させ、其時城内に〓のほりを家の上へ指上ケ候、筑前, こゝをもつてはやり申と申候、殘ル所も無之御見當ニ候と、殊之外ほめ, 申候、, 燒被成候由、是又山城守申上候、, 一御合戰味方の人數備〳〵を魚鱗にして、黒山のことくにして〓かゝり, 可然と筑前樣へ被申上被遣候、又〳〵はし〳〵殘る家を御歩衆被遣、御, 宛、大坂へ引取申候、つよくはなにしに引取可申哉、よわきにしりそくと, 相尋候得は、能見付候、申ことくはやり申候、其はやりたる御見當の事承, 元和元年五月七日, 落城ヲ家, 康秀忠ニ, 報ズ, 政重火ヲ, 城ニ放ツ, 元和元年五月七日, 八三七

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  • 落城ヲ家
  • 康秀忠ニ
  • 報ズ
  • 政重火ヲ
  • 城ニ放ツ

  • 元和元年五月七日

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  • 八三七

注記 (23)

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