『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.406

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

玄怒て、其父子共に刑すと云、本尊今は増上寺にまします、, たりしに、彼少人の御寢所へ忍ひ入しを御とらへ有て、輸問有しかは、事の, 節より、明日御出陣ニ有之に相極り候前日ニは、必御佛詣被遊、本尊をも御, を今時の世俗共承り傳へ、御大切なる御出陣前の義なれは、生死決斷之御, 心定の爲の御事たるへしと推量仕り、取さた仕りと有き、已ヲ以人にたく, へにこさせく、うかゝひ申せしに、此本尊自ラ倒れしに驚給ひて、御目さめ, 入之義を御頼み被申候節、御家ニて古老の面々口を揃へ、大高の義者、敵城, らぬると産らんにて、以之外なる不了簡と可申候、生死決斷の工夫なとゝ, 御座有ましきかと奉存候、其子細を申に、一とせ今川義元より大高の兵粮, 申義は、人に依之事ニて候、權現樣の御事は、古來ゟ申傳候、天のゆるせる聖, よしあらはれたり、公これを殺し給はすして、甲州へ送り遣され候程に、信, 武なとゝも可奉申候、中々生死決斷抔の場へ、御かゝわり被遊候儀にては, 拜被遊、住寺へも寛々と御對談被成、大衆の法問等をも御聞被遊と也、此儀, の中に有之城之義にも有之所に、當家の御人數計を以兵粮入と有之義は, 〔岩淵夜話〕ニ一權現樣ニハ、御年若にあ、參州岡崎の御城に被遊御座候, 日ニハ佛, 出陣ノ前, 粮入, 前ニ禮拜, 大高ノ兵, ス, 元和二年四月十七日, 四〇六

頭注

  • 日ニハ佛
  • 出陣ノ前
  • 粮入
  • 前ニ禮拜
  • 大高ノ兵

  • 元和二年四月十七日

ノンブル

  • 四〇六

注記 (23)

  • 1449,638,58,1735玄怒て、其父子共に刑すと云、本尊今は増上寺にまします、
  • 1683,643,59,2220たりしに、彼少人の御寢所へ忍ひ入しを御とらへ有て、輸問有しかは、事の
  • 1214,637,61,2236節より、明日御出陣ニ有之に相極り候前日ニは、必御佛詣被遊、本尊をも御
  • 980,643,62,2230を今時の世俗共承り傳へ、御大切なる御出陣前の義なれは、生死決斷之御
  • 864,647,60,2225心定の爲の御事たるへしと推量仕り、取さた仕りと有き、已ヲ以人にたく
  • 1800,652,59,2210へにこさせく、うかゝひ申せしに、此本尊自ラ倒れしに驚給ひて、御目さめ
  • 277,652,60,2224入之義を御頼み被申候節、御家ニて古老の面々口を揃へ、大高の義者、敵城
  • 747,651,59,2206らぬると産らんにて、以之外なる不了簡と可申候、生死決斷の工夫なとゝ
  • 395,649,58,2225御座有ましきかと奉存候、其子細を申に、一とせ今川義元より大高の兵粮
  • 629,645,60,2230申義は、人に依之事ニて候、權現樣の御事は、古來ゟ申傳候、天のゆるせる聖
  • 1566,644,58,2227よしあらはれたり、公これを殺し給はすして、甲州へ送り遣され候程に、信
  • 512,640,60,2224武なとゝも可奉申候、中々生死決斷抔の場へ、御かゝわり被遊候儀にては
  • 1096,640,62,2236拜被遊、住寺へも寛々と御對談被成、大衆の法問等をも御聞被遊と也、此儀
  • 159,663,60,2218の中に有之城之義にも有之所に、當家の御人數計を以兵粮入と有之義は
  • 1306,593,107,2287〔岩淵夜話〕ニ一權現樣ニハ、御年若にあ、參州岡崎の御城に被遊御座候
  • 1217,281,40,168日ニハ佛
  • 1263,276,38,171出陣ノ前
  • 380,280,41,83粮入
  • 1170,274,41,174前ニ禮拜
  • 422,281,42,172大高ノ兵
  • 1133,281,35,31
  • 1917,715,45,381元和二年四月十七日
  • 1919,2454,44,122四〇六

類似アイテム