『大日本史料』 11編 21 天正13年10月1日 p.125

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懇意過分至極之存候處、只今我等を生害可被成と承り候とて、輝宗の御襟を左の手に, て取、右にて脇指を拔き、義繼の御供の士七八人御後に廻り候、兩方は竹柄垣にてせ, て、小濱より大平の内粟の巣と云所迄, は、義繼も前後の御禮御申有て、其後輝宗の盃を義繼え被遣、義繼の盃を輝宗へ御返, を呼立て、ケ樣之候、御分別被遊候得と申けるとなり、, し、鹿子田え下され殘り二人へも被下、伊達方の宿老衆納られ候、其後雙方御雜談も, なくして御立なり、玄關まて何心なく御送り候處、義繼手を地につき、今度御馳走御, まく、伊達の宿老衆其外何共可仕樣も是なく、門を鎖と呼候得共、早門より外へ出て, 繼の供の半澤源内は鑓を持、遊佐藤九郎は弓を持、其外は拔刀にて輝宗を中に取込申, ぐるりと取卷退故、皆素肌にてやれ〳〵と云て跡を慕ふ、あきれたる躰にて參候、義, 料理を進度候得共、時分柄若氣遣たるべくも難計、態と祝義計に御盃出し候と仰けれ, と、先鹿子田を呼立て一々に申知らせ、下々に專其用意しけると申けれは、和泉義繼, 一、輝宗仰けるは、昨日も今日も御出誠に祝著不斜と、正宗は鷹野に參候間迎に追々遣候、, 供の下々聞て殊之外に驚き、急士衆に申せは、扨はたましに合て討れん事の無念さよ, 參り候、此所にて伊達方と打果申候、義, 小濱より, 壹り半、, 天正十三年十月八日, 一二五

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  • 小濱より
  • 壹り半、

  • 天正十三年十月八日

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  • 一二五

注記 (19)

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