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て、川又之頭陀寺の和尚より小濱に有之義繼之遺骸を乞て、於頭陀寺に葬送なり、是, 害之時に、早速伊達勢二本松の城を圍み對陣の故に、稱念寺之於て義繼の葬送不叶し, る、今の高越村硯石觀音これなり、或説には、義繼の息女飾をおろして此處にいほりを, より以來參州二本松家は、時宗を改代々曹洞宗の由、, なさぬ本尊なれとも今はの形見にあたふるなり、わか身と思ふて見よかしとわたされけ, また義, 天正十三年十月十日義繼逝去、法名稱念寺殿御影堂御開山義繼其阿彌陀佛と有之、當, を、伊達郡川俣の鷄足山頭陀寺の青牛和尚、あまりにあはれに思はれけれは、やう〳〵, ひけるとき、後室はたのまもりを出して如意輪觀音をさつけ給ふ、これは今迄も身をは, 繼の後室の乳母夫に今福與次郎といふもの、落城のとき後室をおくりてわかれの暇をこ, 結ひて、今福與次郎同しく大學をたのみて住れけるか、後には此庵を尼公山如意輪寺と, 〔松府來歴金花抄〕二二本松落城并義繼葬送付高越の硯石觀音事, 寶歴十二午年迄百七十八年と有之由、義繼生害は十月八日也、十日とは如何、義繼生, に申請て葬送のきしき執行はれ、法名をは月峯圓公大禪定門とおくりなす、, 一本松は籠城の事なれは、義繼死骸は後は道のかたはらに捨置ける, 天正十三年十月八日, ○上略、政宗、義繼ノ死骸, ヲ晒スコト等ニカヽル, ○中, ○下, 略, 略, 頭陀寺ニテ, 葬送ス, 葬送能ハズ, 稱念寺ニテ, 此ノ縁ニ依, リ曹洞宗ニ, 改ム, 後室, 息女, 天正十三年十月八日, 一九〇
割注
- ○上略、政宗、義繼ノ死骸
- ヲ晒スコト等ニカヽル
- ○中
- ○下
- 略
頭注
- 頭陀寺ニテ
- 葬送ス
- 葬送能ハズ
- 稱念寺ニテ
- 此ノ縁ニ依
- リ曹洞宗ニ
- 改ム
- 後室
- 息女
柱
- 天正十三年十月八日
ノンブル
- 一九〇
注記 (33)
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