『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.619

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妻は淺野左兵衞長武か女、, いて死す、年五十、法名亮仲、鞍馬口の天寧寺に葬る、, 參、葬地長恆におれし、, 院殿にまみえたてまつり、寶暦元年正月十四日より、火事場見廻を〓と, め八年正月十一日御使番となる、このとし本多長門忠央か封地を沒收, 長豐元祿十二年四月二十八日はしめて常憲院殿に拜〓す、, せら〓ゝにより、十月二十八日仰をうとたまはりて、遠江國相良におも, し、安永元年十月八日としころの勤勞を慰さられて、仙洞御所より狩野, 十七年十二月二日遺跡を繼、寛保二年十月十一日死す、年五十六、法名自, 妻は木下肥後守兮定か養女、, 榮川筆松に鶴、竹に鶴、二幅對の掛幅をたるひ、三年十月十四日京師にを, むき、家臣等か事を沙汰す、十二月十八日布衣を着する事をゆるさる、明, 和七年十月十二日仙洞附にすゝみ、十一月七日從五位下河内守に敍任, 長壽寛保二年十二月二十六日遺跡を繼、三年三月十九日はしめて有徳, 岳寺に葬〓、, 享保, なかとよ, 三歳, 時に十, 附録, 六二〇

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  • 三歳
  • 時に十

  • 附録

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  • 六二〇

注記 (21)

  • 1248,752,57,786妻は淺野左兵衞長武か女、
  • 194,757,61,1508いて死す、年五十、法名亮仲、鞍馬口の天寧寺に葬る、
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