『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.66

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殿をさへ、頼朝はかまひ不被申候と見へたり、ましてや京都の大佛殿の義, 西行法師と心を合、諸國を勸進して建立を遂たると也、聖武帝勅願之大佛, は、太閤秀吉の物數寄を以、建立いたし置れたる儀なれは、親父の志を相立, 源平の取あひの節、平中將重衡兵火を放して、堂を燒失ニ及ふと也、然るに, りなる儀なりとの仰にて、流石の佐渡守も大きに當惑いたし被居候處ニ、, 重而被仰候は、其方なともとくと了簡いたして見候へ、南都の大佛の事は, 於ては、時の天下取なれは、右大將頼朝より建立可被致義なるを、俊乘坊と, 聖武天皇の勅願を以、本尊堂ともに建立あられたるとの義なり、然る處ニ, 得は、權現樣被仰候は、淀殿義は女儀にも有之、將軍にも未た年若き事なり, 之、幸ひ其節御用之義ニ付、本多佐渡守駿府へ被相越候ニ付、大御所樣の御, 聽にも達候樣にと有之、駿府に於て御用之序ニ、佐渡守右之趣を被申上候, 其方なとのよき年にて、左樣の筋なき儀を我らへ言聞せ候は、沙汰のかき, て、秀頼の建立可被申は格別、將軍より搆ひ可被申事にはあらさると、其方, 關東より御合力ニ被及度由ニ付、江戸表におゐても彼是と御相談なと有, 江戸へ歸り候はゝ、將軍へ可申達と上意にて、同しく被仰出候は、大佛の事, ヲ望ム, 東ノ合力, 淺井氏關, 家康可カ, ズ, 慶長十四年正月是月, 六六

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  • ヲ望ム
  • 東ノ合力
  • 淺井氏關
  • 家康可カ

  • 慶長十四年正月是月

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  • 六六

注記 (22)

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