『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.389

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申上給はるへき由にて、おもひ込て見えぬれは、罷歸りて此よしを申上たれは、公笑は, けるは、此比營中の樣子何となく唯ならぬ形勢に見えて、閣老若老打揃ひて御前へ被出た, たれは、昨日は岩瀬肥後守か御用部屋へ參りて、建儲の急務なる旨を嚴敷申立たり、今, 御斷りなれは、こはせん方もなし、水野筑後守は心に懸て聞出すへけれはとて、御直書を, 守に逢はては適はしと宣ひて、明朝御逢對之事を備中殿へ仰込れたれと、御暇なき由にて, 外御多用には見えぬれと、西城の事慥にかく定りたるとは承る事もあらねと、事已に迫り, 中殿の坐す程ならては、決し難かるへく思ひぬれは、力を極めてものするなれは、かくと, へ仰ありける故、早朝に丹波守殿へ往て、仰の樣を申たるに、丹州申されしは、閣中も殊の, れたれは、きのふは必事定りたるへし、土岐丹波は知る事もあらん、往て問ひ參れと、師質, となく出入セられたり、されと昨日の伺にてかくと定りたる事は聞得候はす、平岡丹波守, て筑後守か許へ被遣たり、此日筑州日暮に及ひ、御城ゟ退出ありて、直ニ左内に逢て被申, セ給ひて、例の丹波かおもひ入れはさる事なから、夫計りにては心のゆかぬ事なれ、備中, もて營中の模樣被爲聽度、橋本左内を被遣たり、此者へ申へしと遊はして、左内にもたせ, 日はやかて登城の上、おのれと鵜殿民部少輔と兩人して猶申立へくとこそ談し置たれ、備, る事も候ひて、かゝる事は例なき事と承りぬ、今日も備中殿は被出たる由、御側衆は幾度, 訪ノシム, 水野忠徳ヲ, 左内ヲシテ, 訪ハシム, 氣唯ナラズ, 中根ヲシテ, 土岐頼旨ヲ, 柳營内ノ空, 安政五年正月十四日, 三八九

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  • 訪ノシム
  • 水野忠徳ヲ
  • 左内ヲシテ
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  • 氣唯ナラズ
  • 中根ヲシテ
  • 土岐頼旨ヲ
  • 柳營内ノ空

  • 安政五年正月十四日

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  • 三八九

注記 (25)

  • 1113,619,77,2221申上給はるへき由にて、おもひ込て見えぬれは、罷歸りて此よしを申上たれは、公笑は
  • 421,625,72,2221けるは、此比營中の樣子何となく唯ならぬ形勢に見えて、閣老若老打揃ひて御前へ被出た
  • 1465,623,74,2213たれは、昨日は岩瀬肥後守か御用部屋へ參りて、建儲の急務なる旨を嚴敷申立たり、今
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