Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
牧城には康政をとゝめ置れんとおほしめさるゝのむね仰下さるゝにより、老臣等とこれを, のそなへをなす, 申せしかは、すなはちそのむねを言上に及ふのところ、康政にはよき家臣數多あれは、かく, はかるのところ、太閤ほとの大敵を引請、城を枕として討死せんこそ、末代まての譽なれと, 〔寛政重修諸家譜〕百榊原康政, 〔寛永諸家系圖傳〕十四榊原康政, 人に命して小牧を守らしめて、上方のおさへとしたまふ、康政あらたに城をかまへて防戰, 〔當代記〕三十月十六日、家康遠州ヱ歸陣給、, 潔き御請を申せしよし御感悦あり、康政これより小牧にとゝまり、上方の押となりて防戰の, 大權現いくさを引てかへりたまふ時、康政一, 備をなす、, 菅沼定〓, 十月十六日より、小幡城を守衞し、, 十九日、野、雨降、, 〔菅沼家譜〕新八郎定盈傳, 〔寛政重修諸家譜〕, 十月、軍を岡崎城にかへさるゝのとき、小, 十八日、, 十七日、お、家康御馬ヲ被入候、, 十七日、, 頭辛〓弯中庚〓〓未己〓, 小平太、式, 竹千代、新八, 郎、織部正、, 下略, 下略, 下略, ○上, 部太輔、, 三百, ・○上, 童名龜、小平, ○上, 太、式部大輔、, (大), 三, 康政決死, ノ覺悟, 菅沼定〓, 天正十二年十月十六日, 四一五
割注
- 小平太、式
- 竹千代、新八
- 郎、織部正、
- 下略
- ○上
- 部太輔、
- 三百
- ・○上
- 童名龜、小平
- 太、式部大輔、
- (大)
- 三
頭注
- 康政決死
- ノ覺悟
- 菅沼定〓
柱
- 天正十二年十月十六日
ノンブル
- 四一五
注記 (41)
- 924,593,65,2277牧城には康政をとゝめ置れんとおほしめさるゝのむね仰下さるゝにより、老臣等とこれを
- 1153,605,51,396のそなへをなす
- 726,602,60,2269申せしかは、すなはちそのむねを言上に及ふのところ、康政にはよき家臣數多あれは、かく
- 824,602,62,2272はかるのところ、太閤ほとの大敵を引請、城を枕として討死せんこそ、末代まての譽なれと
- 1027,558,75,943〔寛政重修諸家譜〕百榊原康政
- 1369,554,81,983〔寛永諸家系圖傳〕十四榊原康政
- 1260,592,72,2276人に命して小牧を守らしめて、上方のおさへとしたまふ、康政あらたに城をかまへて防戰
- 1483,554,75,1199〔當代記〕三十月十六日、家康遠州ヱ歸陣給、
- 625,603,62,2261潔き御請を申せしよし御感悦あり、康政これより小牧にとゝまり、上方の押となりて防戰の
- 1387,1764,60,1086大權現いくさを引てかへりたまふ時、康政一
- 527,598,54,254備をなす、
- 397,1298,55,223菅沼定〓
- 393,1811,62,831十月十六日より、小幡城を守衞し、
- 1609,592,68,491十九日、野、雨降、
- 271,561,82,728〔菅沼家譜〕新八郎定盈傳
- 388,561,78,562〔寛政重修諸家譜〕
- 1039,1792,63,1079十月、軍を岡崎城にかへさるゝのとき、小
- 1766,595,57,198十八日、
- 1909,607,80,820十七日、お、家康御馬ヲ被入候、
- 1911,596,54,195十七日、
- 1617,824,395,52頭辛〓弯中庚〓〓未己〓
- 1418,1540,41,178小平太、式
- 427,1528,41,225竹千代、新八
- 380,1528,42,199郎、織部正、
- 387,2657,40,79下略
- 1137,1028,39,78下略
- 513,886,41,81下略
- 434,2656,38,81○上
- 1373,1534,39,136部太輔、
- 427,1175,41,75三百
- 1182,1007,39,98・○上
- 1067,1514,42,233童名龜、小平
- 558,886,39,79○上
- 1024,1520,42,242太、式部大輔、
- 1342,1566,28,53(大)
- 383,1173,39,31三
- 867,271,43,167康政決死
- 824,277,40,118ノ覺悟
- 406,273,40,165菅沼定〓
- 193,696,43,428天正十二年十月十六日
- 198,2367,42,120四一五







