『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.14

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

其上免鳥の城にて貝鐘を立候はゝ、長尾に居城へ押寄さる前に足利の諸勢方々ゟ馳集る, を申入、馳走に風呂を立、小曾根も勝手に忍ひ居て、風呂の内にて可打と相談究め、十, にて足利に押よせ、上下共に不意成所へ働、長尾と可決勝負、本道寺岡村上は道遠く、, 後り圍れ打るゝ共不及是非次第也、佐野・足利度々取合雖有之、當方後を取たる事なし、, 段足利へ打越迄は隱密すへし、長尾さへ於打取は、たとへ新田・足利・館林のもの共前, へし、第一館林・新田勢即時に後詰すへし、彦間ゟ打出は、佐野・足利入組なれは、此, 五日に兵部・長門此事とは夢にも知給はす、下總所へ御出有、如察風呂の内にて兵部兄, 入けれは、宗綱公を始座中の侍落〓也しと也、, 宗綱公、天正十四年極月十五曰に富士源太御家中へ被仰けるは、來元日に旗本の人數計, 弟を安〳〵と打取、長尾方へ注進せしと也、兵部内室・母〓なからに立出、唐澤本城に, 御遺恨數多之次第, 雖然このころに成て遺恨數多有之事也、, 足利攻御相談之事, 一第一長尾押ニ彦間に差置小野兵部・同長門を被打取、小曾根筑前守を彦間ニさし置事、, 兄弟ヲ謀殺, 守小野兵部, 宗綱元旦ヲ, 期シテ足利, 小曾根筑前, 宗綱ノ長尾, ニ出馬セン, 氏ニ對スル, 遺恨ノ次第, トス, 天正十三年正月一日, 一四

頭注

  • 兄弟ヲ謀殺
  • 守小野兵部
  • 宗綱元旦ヲ
  • 期シテ足利
  • 小曾根筑前
  • 宗綱ノ長尾
  • ニ出馬セン
  • 氏ニ對スル
  • 遺恨ノ次第
  • トス

  • 天正十三年正月一日

ノンブル

  • 一四

注記 (26)

  • 1000,670,57,2231其上免鳥の城にて貝鐘を立候はゝ、長尾に居城へ押寄さる前に足利の諸勢方々ゟ馳集る
  • 1803,668,59,2231を申入、馳走に風呂を立、小曾根も勝手に忍ひ居て、風呂の内にて可打と相談究め、十
  • 1114,680,58,2189にて足利に押よせ、上下共に不意成所へ働、長尾と可決勝負、本道寺岡村上は道遠く、
  • 647,669,58,2255後り圍れ打るゝ共不及是非次第也、佐野・足利度々取合雖有之、當方後を取たる事なし、
  • 762,671,58,2236段足利へ打越迄は隱密すへし、長尾さへ於打取は、たとへ新田・足利・館林のもの共前
  • 877,688,59,2215へし、第一館林・新田勢即時に後詰すへし、彦間ゟ打出は、佐野・足利入組なれは、此
  • 1689,668,59,2235五日に兵部・長門此事とは夢にも知給はす、下總所へ御出有、如察風呂の内にて兵部兄
  • 1463,674,55,1161入けれは、宗綱公を始座中の侍落〓也しと也、
  • 1227,641,60,2262宗綱公、天正十四年極月十五曰に富士源太御家中へ被仰けるは、來元日に旗本の人數計
  • 1576,671,59,2225弟を安〳〵と打取、長尾方へ注進せしと也、兵部内室・母〓なからに立出、唐澤本城に
  • 415,730,54,453御遺恨數多之次第
  • 532,671,56,991雖然このころに成て遺恨數多有之事也、
  • 1348,731,55,450足利攻御相談之事
  • 291,634,62,2233一第一長尾押ニ彦間に差置小野兵部・同長門を被打取、小曾根筑前守を彦間ニさし置事、
  • 1634,249,41,213兄弟ヲ謀殺
  • 1686,248,41,214守小野兵部
  • 1249,252,38,209宗綱元旦ヲ
  • 1198,251,37,215期シテ足利
  • 1736,245,41,217小曾根筑前
  • 397,252,39,214宗綱ノ長尾
  • 1146,262,37,200ニ出馬セン
  • 346,252,38,208氏ニ對スル
  • 293,253,42,215遺恨ノ次第
  • 1099,256,28,71トス
  • 1922,769,43,387天正十三年正月一日
  • 1920,2489,39,66一四

類似アイテム