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引すに攻ける程に、大將宗綱公も古屋の城八幡曲輪まて追詰、町中侍屋敷迄燒はらひ、こ」, て、長尾殿ニ城被討捕、其内諸勢押よせ、兩方佐野足利勝負所と身を原上の〓に曝と云, と〳〵く勝利被成ける所に、新田・館林の勢共欠付るによつて當方人數を引上る事、, 方に名ある武者と組んと心掛はせ廻る氣色、強氣者と思て、少々佐野方にても近付もの, もなし、山上道及は是を見て馳向、双方鑓にての手詰、道及鑓の上手なれは、不叶とや, 宗綱公は寺岡村岡崎山に御陣御取、出流川を隔ての合戰、又有時は足利領八椚猿田の戰, には、長尾殿散々旗本備迄〓崩され、無是非足利古屋の城え引入る、佐野勢追欠一足も, も無程馳集り、宗綱公御出馬被成之内、最早免鳥の城え押寄、以大勢攻戰ふ、佐野先手, は爰也とて戰、兩方手負死人不知其數、軍半に足利方ゟ物大將と見へて壹騎、何樣佐野, て天海佐渡、椿田にて福田出羽守早馬にて告來る、右之旨申上、鐘貝響しけれは佐野勢, 免鳥合戰之事, 一右其遺恨か、翌年長尾殿手勢の新田・館林・飯野の加勢にて佐野へ押よするの由、村上に, 思ひけん、かの武者鞭鐙を合て引かへす、道及透さす追詰、村上虚空藏の前なる深田へ, 衆山上道及・富士源太其外六十騎計急に欠付けれは、其外免鳥の城主高瀬紀伊守打死し, へ押寄ス, 免鳥合戰, 長尾勢佐野, 天正十三年正月一日, 一〇
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- へ押寄ス
- 免鳥合戰
- 長尾勢佐野
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- 天正十三年正月一日
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- 一〇
注記 (19)
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