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討捕、佐藤惣六・同氏孫八郎父子、佐野源藏悉く働き武功あり、此外相働く者多しとい, いへとも、多勢に推立られ人取橋の方に退き、又敗兵を下知して相戰ひ殿して退き、良, の年減り十七歳にて、初陣戰功あること景綱これを稱美す、諸人も相感すと云々、湯村, 來る、元宗・重宗・政重・政景何れも〓戰す、其外諸卒悉く進み、人取橋の邊におひて, 或は追立或は追返され、苦戰する事數度なり、景綱は御先鋒なれは觀音堂表に進み上り、, の働は、大町清九郎一番首を討捕る、片平藤太郎二番首を討捕る、藤太郎は景綱に十三, 卒若干、觀音堂前より出て、敵の樣躰を窺ふへきため荒井邊に向て、敵に値ひ挑戰すと, 佐藤次郎右衞門・同氏金藏・同氏大學兄弟三人、黒澤源市郎・小關藤内等相働き各首を, は、御先鋒へは向はす、直に御本陣に向て人取橋の方に推寄す、鬼庭良直入道左月并士, 直終に戰死す、其他相支る事あたはすして、戰死する者百餘人なり、敵勝に乘て大に競, 源藏は景綱か馬の前、約しき場にて敵と互に馬上にて槍を合せ、其敵口取ともに討捕る、, 敵の樣躰を窺ひ味方を見合せて、原田宗時に通し二の手を引付、縱横に撃て入り粉骨相, 働し故、大勢襲來れとも防戰圖に中り、敵終に進む事を得すして悉く退散す、此時家士, 敵を推縮る所に、磐城の勢入替りて相戰ひ、城の小口に追入らる、又荒井を經て來る敵, 戰功, 片倉家中ノ, 天正十三年十一月十七日, 一九一
頭注
- 戰功
- 片倉家中ノ
柱
- 天正十三年十一月十七日
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- 一九一
注記 (18)
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