『大日本史料』 10編 4 元亀元年2月~同年9月 p.577

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れて、其槍を取て, 同年、姉川合戰に、正成あるひ, か射るところの矢を贈る、, をうちとる、大權現より御感状を壹もふ、今これをうしなふ、, たつる事なし、暫これを〓しむたしとのたまふ、是によりて、正貞屏居する, 〔寛永諸家系圖傳〕八十内藤正成, とて、すなはち馬を引か〓しく、敵陣にいり、これをたづ手、馬上より手をた, 〔寛永諸家系圖傳〕七十坂部正家, 高木清秀, おこしめし、仰ありけるは、命をか屋り見ずしそ、死を輕ずなものは、其功を, 正貞おもひけるは、しはらくも此槍を人手にわたしては、後の詣を遺なり, は槍をあはせ、あるひは敵を射て、大に軍忠をはげます、そのゝち敵兵正成, 正貞, 元龜元年、姉川合戰のとき、したかひたそまつりく戰忠をはけ, ます、すでに味方引しりぞく時、正貞もつところの槍を敵陣の中におとす、, かへる、此時正貞二十歳なり、大權現これを, 軍功あり、, 元龜元年、姉川合戰の時、敵一人, 元龜元年、江州姉川合戰のとき、, 川合戰のとお、正勝鑓をあはす、, 〔寛永諸家系圖傳〕, 御の法に、これ, を下藤といふ、, 四郎左, 又十, 善次, 衞門尉、, 郎、, 甚一, 二十, 郎、, 郎, 七, 坂部正家, 内藤正成, 高木清秀, 元龜元年六月二十八日, 五七七

割注

  • 御の法に、これ
  • を下藤といふ、
  • 四郎左
  • 又十
  • 善次
  • 衞門尉、
  • 郎、
  • 甚一
  • 二十

頭注

  • 坂部正家
  • 内藤正成
  • 高木清秀

  • 元龜元年六月二十八日

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  • 五七七

注記 (38)

  • 483,672,57,477れて、其槍を取て
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