『大日本史料』 11編 2 天正10年7月 p.283

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所の軍勢大に驚た、狼狽して落行へし、是を聞は、新府こても周章さはくへ, も、新府をすて、下山筋より駿州え引取玉ふ屋し、其所を急に追かけ追討に, 宗自身鑓を合す事二度、大れに勇を振ふ③戰ふ、水野か從兵大河内苦戰し, し、我其すひえに乘て、急お新府を攻立は、いかに智勇を兼とる徳川家也と, 成能敵を討③高名す、鳥居、三宅、松平清宗兵とも、當木乃町口にる戰かふ、清, なれせ、大おにう恊とへ廻③、黒駒さし③敗北す、左衞門佐氏忠大に怒る、か, し古府勢を小勢なりと思ひ〓とり、其上唯今寄べしとは思ひ設けさる事, る高名ス、遠州勢勇氣當り難く、北條方若手討れ、大崩の、大將氏忠も既に討, 太田仁藏先登に進みる、一番首を取る、辻甚内は西郷右近か首を打、水野勝, 討べしと、其計略に定むる、依之北條左衞門佐氏忠、黒駒表より八千餘騎を, 正しからす、士卒等き方々へ亂妨に出行たり、大將左衞門佐を始、諸士等兼, て、大野砦に居たる三宅康貞、松平清宗も、此吉を聞て押寄る、北條勢は軍令, 引率し、姥口山に陣す、此密計を密かに古府中へ告る者有けれは、鳥居元忠、, へせ〳〵と呼はつあ、よう〳〵と守かへし、備を立ふ戰かへは、水野手にふ, 水野勝成、同十二日古府より打て出、急に姥口に押寄る、惠林寺筋の押とし, ニ出ヅ, リ出ズ, 康貞清宗, 辻甚内, 大野砦ヨ, 氏忠黒駒, ヨリ姥口, 太田仁藏, 天正十年八月十二日, 二八三

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  • ニ出ヅ
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  • 康貞清宗
  • 辻甚内
  • 大野砦ヨ
  • 氏忠黒駒
  • ヨリ姥口
  • 太田仁藏

  • 天正十年八月十二日

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  • 二八三

注記 (25)

  • 1904,659,68,2204所の軍勢大に驚た、狼狽して落行へし、是を聞は、新府こても周章さはくへ
  • 1678,654,66,2217も、新府をすて、下山筋より駿州え引取玉ふ屋し、其所を急に追かけ追討に
  • 389,645,66,2213宗自身鑓を合す事二度、大れに勇を振ふ③戰ふ、水野か從兵大河内苦戰し
  • 1787,661,69,2216し、我其すひえに乘て、急お新府を攻立は、いかに智勇を兼とる徳川家也と
  • 504,643,65,2221成能敵を討③高名す、鳥居、三宅、松平清宗兵とも、當木乃町口にる戰かふ、清
  • 851,653,68,2216なれせ、大おにう恊とへ廻③、黒駒さし③敗北す、左衞門佐氏忠大に怒る、か
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