『大日本史料』 4編 1 文治元年11月~3年8月 p.50

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か、是をみて立とゝまりて宣ひにるは、今きいかにおほしめすとも、かひあ, て、經をよみ念佛申て後、かの女房の持給ひたりたる頭を、御供の法師にも, 給たれとも、はなち給はす、かゝへてなき給けるを、けあ〳〵教訓をられて、, し給はす、豈ゝいきたるおさなきものを、抱たる樣にいたき、身に肝心もの, の女房よりて首をとりて、身にさしあはを之、餘りの事なれはにや、なきも, つ、女はうやかて出家をられにたり、かうへをは懷に入之出られにたり、其, たをて、いさゝを給へ、小原へとて具し奉給へは、小原の來迎院へ送りおき, あり、上人あれはいかにと見給に、武士かの若きみ乃頸をやかてかい切き、, 河原にすてたり、おさなたれはにや、頸をもりたさす、獄門にも梟られす、か, りとも見へす、ほれ〳〵としくおはしけり、上人河原を下りに通り給たる, るまし、人き死のゑんとて、まち〳〵なりといへとも、根闕乃罪業に過たる, 〓はかす、若子よといふ聲もたてす、あゝといふ聲はかりにく、はしる女房, 罪人なし、たゝ後生をとふらひて、一業もうかへ給はん事、しかるへしと乃, 身をは河原に埋み給けるを、上人相ともに、なく〳〵石をひろひ、はかを壹, 後行方もしり給はす、上人次乃年天王寺に參り給たりけるに、大門〓り遙, 文治元年十二月十七日, 五〇

  • 文治元年十二月十七日

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  • 五〇

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