『大日本史料』 11編 15 天正13年4月 p.120

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候、吉利殿より使者預候、兼約には、此晩平岩ニ可被出合之由候つれとも、鹿藏取相, 約束申候故、急候處ニ、所々之會尺遲々候て、打立遲引候て迷惑仕候刻、あまりの事, なと、友とする人ひとりふたりにあひかたらひ、道のほとりの木のかけにおりゐて、, 成間敷之由申候也、從夫、山新拙者宿へ禮ニ被來候て、我も三城へ同心可有之由、承, はゝ、如狩場直ニ可參之由申候也、美々津大學坊處ニ暫時やすらひ候、會尺共也、從, 今そ知くるしき物ととゝまらぬ客をはいそきたてへかりけり, に、, 夫平岩へ通候、吉利殿内衆田中市佑處へ宿仕候、種々會尺也、此度、狩之日限總州へ, 候也、此朝、高城寺社家衆中、大酒預候也、左様之賞翫共申候、其座過候て、新介殿, そ惡候へ、其上夕陽ニ及候間、平岩まて漸今晩は可罷著候、明朝、案内者拂曉乙預候, 登之由、再三承候、然共吉利殿へ、必今晩平岩ニ可罷著之由、約諾申置候間、急候儘、, 同道ニ打立候、なぬきにて、沙汰人處にて、新介殿種々會尺被成候、從夫美々津へ著, 違候條、如鹽見可參之由也、さては鹽見のことくとおほされ候哉、委承候、〓天氣」, かれ飯なとくひけり、かれ飯のうへに雨落て、ほとひ候て、しか〳〵ならす、それヨ, 赴ク, 山田有信モ, 共ニ三城〓, 天正十三年四月二十四日, 一二〇

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  • 赴ク
  • 山田有信モ
  • 共ニ三城〓

  • 天正十三年四月二十四日

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  • 一二〇

注記 (19)

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