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〔南路志〕, 之、里の城のテンスは, 名孫十郎、後左衞門太夫、, し、西ニ岩崎とて入海也、鹽屋崎・津の崎・岩崎とて三ツの崎の其一ツ也、土左日記, 古城天竺左近花氏同孫八郎居之、後一條中將内政公居之、, 天竺城ハ的カ池とて五十間四方の泉有、城の東北の麓を東より西へ流、深き事量な, 或云、大津城天竺孫十郎、一説天竺ハ城地之名也、大津天竺城主細川肥前守、其男幼, も後も海なれは、西北南の方よりハ船ならて行かふ道なし、城の東南は山重て道細, にをしと思ふ人やとまるとゝ讀し鹿兒崎迄十七八町、西南ハ山傳に續きたれども、前, 臣下今川登村中平文助長六也、此者とも奧宮を神と祭る也と申傳あれとも文長し、略, く、人馬のかけ引自由ならす、東北のみ平地にて草原篠原・鏡野まて續たり、天竺ハ, 此古城の天守佛か神かに祭て子孫或は此城邊の里民共に尊崇致させ度按して居る也、, 城も水にかつえ兵糧に盡て落城と聞、此城は奧宮織部預り城と承る、一條公の代奧宮, 予貢物を立て定扣也、中平ハ一條卿の末葉聊由縁有を以心に尊敬の故そ、予, 閾國第六之一, 長岡郡大津村, 貢物ヲ立用, 此城跡天守御地檢帳ニアリ、本田クルメル、イカニシテモ貴キ御方義士ノ切腹ノ, 地蹈コト、肥灰ハオソレアリト思ヒ、予カ川登へ來ルヨリ、地下ヨリモラヒ予等, 定扣也, 居城, 天正十三年六月五日, 八九
割注
- 閾國第六之一
- 長岡郡大津村
- 貢物ヲ立用
- 此城跡天守御地檢帳ニアリ、本田クルメル、イカニシテモ貴キ御方義士ノ切腹ノ
- 地蹈コト、肥灰ハオソレアリト思ヒ、予カ川登へ來ルヨリ、地下ヨリモラヒ予等
- 定扣也
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- 居城
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- 天正十三年六月五日
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- 八九
注記 (23)
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