『大日本史料』 11編 16 天正13年5月 p.338

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命せしめけり、, か許にそおくりける、, かなる子細か有けん、薩州嶋津に志を通し、薩摩勢を引入大宮司を滅さんと企けるを、, ける、其後嫡子宗立も龍造寺隆信にしたかひ、肥前勢を引入、其身もつくれまて出陣, す、宗運又聞付、二百餘騎ニ而馳著、肥前勢を追散し、宗立を引つゝみ討捨むとせし, 宗運是を傳へ聞、ひそかにはかつて一人も殘らす打殺す、加賀をは渡邊軍兵衞吉次と云, は家人等こと〳〵く討取ぬ、味方は一人もうたれず、宗運討とる首四百八級を大宮司, 者討とりぬ、味方は一人も死亡なし、此とき宗運か二男藏人・三男三郎四郎・四男四郎, 處に、合志伊勢守をはしめ御船郷中の諸僧等宗運をなため、宗立に起請文をかゝせ助, 阿蘇南郷俵山にて追つき、藏人・三郎四郎を切殺す、其ひまに四郎兵衞は日向にそ逃行, 其比阿蘇家人にて宗運か與力に、井芹黨と號し七十餘人の兵あり、其頭を加賀と云、い, 兵衞も井芹黨に與する故、此事を聞とひとしく豐後をさして逃けるを、宗運駿馬に騎て, 御船河に漁遊すると僞り、黒仁田一族よひ集め、豐後守をは手つから切殺し、從者を, 一、井芹一黨被誅、附甲斐宗立兄弟叛逆之事, 菊池記, 宗運二男三, 一黨ヲ誅ス, 井芹加賀ノ, 造寺氏ニ通, 男四男ヲ討, ヲ誅ス, 黒仁田一族, 嫡子親秀龍, ツ, ズ, 天正十三年七月三日, 三三八

頭注

  • 宗運二男三
  • 一黨ヲ誅ス
  • 井芹加賀ノ
  • 造寺氏ニ通
  • 男四男ヲ討
  • ヲ誅ス
  • 黒仁田一族
  • 嫡子親秀龍

  • 天正十三年七月三日

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  • 三三八

注記 (27)

  • 138,775,51,355命せしめけり、
  • 1501,779,52,521か許にそおくりける、
  • 1126,779,63,2130かなる子細か有けん、薩州嶋津に志を通し、薩摩勢を引入大宮司を滅さんと企けるを、
  • 508,778,65,2167ける、其後嫡子宗立も龍造寺隆信にしたかひ、肥前勢を引入、其身もつくれまて出陣
  • 384,779,68,2161す、宗運又聞付、二百餘騎ニ而馳著、肥前勢を追散し、宗立を引つゝみ討捨むとせし
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  • 1626,774,63,2165は家人等こと〳〵く討取ぬ、味方は一人もうたれず、宗運討とる首四百八級を大宮司
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