『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.684

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きにてや有たん、其儘にして置へしとそ仰にる, ノ陰ヨリ走出テ、周防カ左ノ股ヲ一刀斬テ逃亡ス、馬驚テ騰躍スレハ、股ニ, 樣に見え候と申す、國清公聞し召、それははや快か、汝見て歸れと仰けれは, 太郎兵衞參り、はやよく候と申、晩に件の兩人、御前に伺公しけれは、たふの, レタル者ナリ、祿五千石ヲ受、播州印南野ヲ夜ニ入テ過ルヿアリ、馬ノ沓ヲ, あつけ置て、御前に歸りしかは、先にさりかしきは何事そと御尋有、太郎兵, か、但しは盜みたるかと仰ける、庄助盜候と申す、重て仰に、我等より留置た, るを、おして取たらは、一入にくき事そ、盜たるは、必定我等にひとしき芹す, 山桝は、出來事そやと仰あり、同公、常に芹を嗜み給ひ、備前國御野郡に生す, 衞、あれは山桝にむせ候を、傍ゟ介抱いたし候也、遠く見候へは、誠に喧咾の, カケ直ス時、從者間遠ナリケルヲ窺ケルニヤ、何者トモ不知、茂リ合タル松, るを上品とせられ、此芹をとる事を禁し給ふ、或士是を盜む、百姓共、其旨を, 傷ニ由テ、鐙ヲ踏ニ力ナクシテ馬ヨリ墜ヌ、從者斬タル者ヲ追〓、サキハ昧, 萩田庄助に訴ふ、庄助、又其由を申たれは、扨々にくき事かな、夫は只取たる, 〔志士清談〕池田三左衞門尉輝政ノ家臣土肥〓防ハ、武功ヲ累テ、世人ニ知, 慶長十八年正月二十五日, ○下, 略, 輝政ノ寛, 輝政ノ雅, 大, 土肥貞久, 霎, ○下, 慶長十八年正月二十五日, 六八四

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  • 慶長十八年正月二十五日

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注記 (26)

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