『大日本史料』 4編 14 建保4年4月~承久元年1月 p.796

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ふひんなれ、是ていの者をこそいくらもめしつかはれ候め、思なをして御, 打入テ、家内ノ資財ヲヌスミトリ、多ノ人ヲ切殺シテ出ケルヲ、家主聲ヲ立, 内に候はゝ、一人たうせんの者にてこそ候はんすれ、あたらものかなもの, 々名ヲ顯シタル剛者ヲ、忽ニ被切事不便也、信連體ノ者ヲコソ、御所中ニモ, ラ搦留タリケリ、其時ノ刀ノ跡ソカシ、當時マテモ〓ニアル疵ハ、サレハ度, テ盜ヨ盜ヨト叫ケレトモ、音ヲ合スル者ナシ、大番衆モ追サリケルニ、信連, 盜四人切留、一人ニハ寄合テ、組テ搦メントセシ程ニ、〓ヲツキ貫カレナカ, 左右ノ小手ニ腹卷著テ、太刀ヲ抜、京極大路ニ出合ツヽ、散々ニ戰ケルカ、強, らはな切そとて、すてられにけり、後に聞えしは、のぶつらは、本所家長右馬, 平家ノ侍共カコレヲ, かなと、めん〳〵にさゝやきさゝやきて、かへけんさんにをしみあへり、さ, 聞テ、ケニモ道理ナリ, 召仕ハセ給ヘケレナト、人々申合ケレハ、大將ケニモトヤ覺シケン、死罪ヲ, 允たゝつらが子なり、伯耆國にれいらくして、金持か邊にへめくりけるを、, 又大炊御門京極ナル常葉殿御所ヘ、大和強盜カ, 〔源平盛6記〕, 四日ノ條ニ收メタリ、, ○下略、文治二年四月, 十三高倉〇上略、宗盛。信連ヲ斬ラ, ○中, 宮信連戰事、ントスルコトニ係ル, 略、, 建保六年十月二十七日, 七九六

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  • 四日ノ條ニ收メタリ、
  • ○下略、文治二年四月
  • 十三高倉〇上略、宗盛。信連ヲ斬ラ
  • ○中
  • 宮信連戰事、ントスルコトニ係ル
  • 略、

  • 建保六年十月二十七日

ノンブル

  • 七九六

注記 (24)

  • 1798,614,62,2208ふひんなれ、是ていの者をこそいくらもめしつかはれ候め、思なをして御
  • 860,611,68,2214打入テ、家内ノ資財ヲヌスミトリ、多ノ人ヲ切殺シテ出ケルヲ、家主聲ヲ立
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