『大日本史料』 11編 16 天正13年5月 p.350

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の由に候、, 一、丹花の瀬合戰に四百八人、, に罷成可申候と申遣候由に付、島津殿より有名なる古老の侍に謀計の状を持せ、御船, 候者ともにて候、彼井芹の大將を加賀守と申候、彼者共冥加もなく武運も盡果候て、, 一、御船・甲佐在々に井芹何某〳〵と申候て、井芹の一黨七十餘人天正の年中に有之候、, 一、黒仁田豐後守阿蘇殿を奉背候を先書之通に上下四百八人、, 各一黨連判の書状を相認候て、薩摩島津殿に密々申進候は、阿蘇家の代官を井芹一黨, に被仰付候はゞ味方に成可申候、〓何とぞ御手立を被成候て、甲斐宗運を御味方に成, に被指遣候、宗運對面被致候而、いか樣の御用にて貴殿御越候哉と被申候へば、ロト, 被申候樣に被成候て可有御覽候、彼入道被致隨意候はゞ、阿蘇家の侍一人も不殘幕下, 一、響原合戰に相良の上下四百八人、, 一人も不剛の者なく皆金石の武士にて、阿蘇殿も御重寶に被思召候、宗運も其通に被存, 右之通に四百八ツ宛の首四度、其外隈庄合戰、少宛の小合戰に五十百計宛の首は數度, 甲斐宗運井芹の黨を被殺候事, 津氏へ内通, 井芹一黨島, 井芹黨ヲ討, ツ, ス, 三五〇, 天正十三年七月三日

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  • 津氏へ内通
  • 井芹一黨島
  • 井芹黨ヲ討

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  • 三五〇
  • 天正十三年七月三日

注記 (21)

  • 1317,784,52,235の由に候、
  • 1686,727,56,688一、丹花の瀬合戰に四百八人、
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  • 694,777,59,2163各一黨連判の書状を相認候て、薩摩島津殿に密々申進候は、阿蘇家の代官を井芹一黨
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