Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
や當りけん、侍冥加つきて、則の内にてきたなき百姓に殺されけるを、其首を取よせ、, へりて武勇のよはきに似たり、尋常に只今一いくさして、それを弔合戰にいたすへきと, しからむ物をと、猶あなしみのなみたうちしきりおつる故に、むらさき野にて御葬をつ, 去る二日に失ひたてまつりし本能寺のやけ跡に梟にかけ、我憤をは散し侍れども、おな, 捨て、さいごの合戰いたさんをおそろしくや侍けん、左右なく人質を出し候ひしほとに、, の冥加にや、おもはすに貴き身には成ぬれとも、父なけれは氏性なし、草ありの成のほ, 申つかはセは、毛利家にもさすがあはれとやおもはれけん、また秀吉か主君の爲に身を, とめ、太政大臣の御位を送り、大徳寺に一宇を建立し總見院殿と崇め奉る、いまかやう, に山崎おもてよりつきくづし、雜兵までのこらずうちはたし侍りぬ、惟任は主君の御罰, しくは生てまします時、あほとなる忠功をいたし悦はせ奉らは、いかはかりわれもうれ, 召、五攝家ともにいつれも今甲乙はなけれとも、氏の長者とさゝるゝ事は當家にきはま, 其まゝ上洛し、につくき惟任が蜂ほこりにほこり、青龍寺まで出張せしを、六月十三日, 申されしかは、いとやすき事なりとて、近衞殿よりの其御はからひ有ける時、玖山公聞, りたる身なれは、いにしへのかまこの大臣の御なをよすがにて、藤原氏をや望み見んと, ヲ大徳寺ニ, 信長ノ葬禮, ランコトヲ, ヲ討ツ, 山崎ニ光秀, 藤原氏トナ, 望ふ, 家ノ爭論, 營ム, 九條近衞兩, 天正十三年七月十一曰, 九二
頭注
- ヲ大徳寺ニ
- 信長ノ葬禮
- ランコトヲ
- ヲ討ツ
- 山崎ニ光秀
- 藤原氏トナ
- 望ふ
- 家ノ爭論
- 營ム
- 九條近衞兩
柱
- 天正十三年七月十一曰
ノンブル
- 九二
注記 (26)
- 1191,676,59,2215や當りけん、侍冥加つきて、則の内にてきたなき百姓に殺されけるを、其首を取よせ、
- 1800,675,57,2239へりて武勇のよはきに似たり、尋常に只今一いくさして、それを弔合戰にいたすへきと
- 817,678,61,2239しからむ物をと、猶あなしみのなみたうちしきりおつる故に、むらさき野にて御葬をつ
- 1070,680,60,2241去る二日に失ひたてまつりし本能寺のやけ跡に梟にかけ、我憤をは散し侍れども、おな
- 1554,671,60,2275捨て、さいごの合戰いたさんをおそろしくや侍けん、左右なく人質を出し候ひしほとに、
- 571,684,58,2239の冥加にや、おもはすに貴き身には成ぬれとも、父なけれは氏性なし、草ありの成のほ
- 1679,672,58,2246申つかはセは、毛利家にもさすがあはれとやおもはれけん、また秀吉か主君の爲に身を
- 695,678,59,2249とめ、太政大臣の御位を送り、大徳寺に一宇を建立し總見院殿と崇め奉る、いまかやう
- 1312,681,59,2241に山崎おもてよりつきくづし、雜兵までのこらずうちはたし侍りぬ、惟任は主君の御罰
- 949,685,58,2237しくは生てまします時、あほとなる忠功をいたし悦はせ奉らは、いかはかりわれもうれ
- 188,687,62,2242召、五攝家ともにいつれも今甲乙はなけれとも、氏の長者とさゝるゝ事は當家にきはま
- 1433,670,60,2254其まゝ上洛し、につくき惟任が蜂ほこりにほこり、青龍寺まで出張せしを、六月十三日
- 321,683,59,2251申されしかは、いとやすき事なりとて、近衞殿よりの其御はからひ有ける時、玖山公聞
- 447,683,56,2252りたる身なれは、いにしへのかまこの大臣の御なをよすがにて、藤原氏をや望み見んと
- 818,343,38,201ヲ大徳寺ニ
- 860,338,39,214信長ノ葬禮
- 450,348,31,200ランコトヲ
- 1297,340,38,110ヲ討ツ
- 1339,337,40,212山崎ニ光秀
- 488,342,37,207藤原氏トナ
- 401,345,35,71望ふ
- 294,345,41,167家ノ爭論
- 770,339,38,72營ム
- 338,348,42,207九條近衞兩
- 1936,835,43,428天正十三年七月十一曰
- 1939,2433,39,71九二







