『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.212

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は身にはしらせ給はでと信景申させたまへは、色々御苦身のうへに、さやうの事までも, ゝのへず事をかゝせ申事、是しかしなから庶子たるによつてないがしろに仕るに付て、, ひける、兄弟一もん是を見給ゐて、もつとも立腹のだん〳〵至極せり、さほとの事なら, 衞の大夫に度々とゝのへてくれ候へと、いかほとこま〳〵申つかはし候へ共、一度もと, 申かね候て、たのみがいもなきものに心をつくし候とぞ申されける、さてこの兵衞か跡, へは各御めんかうふるへく候といひさまに、大わきざしひんぬいてたゞ一うちにぞし給, 〔豫州來由記〕, テ、豫〓エノ討手ノ大將ヲ隆景ニ命シ玉ヘリ、其頃、來嶋出雲守ハ未十八歳ニテ、兼テ, 天正十三年秀吉公四國征伐之時、小早川隆景ハ河野ト者縁者タレハ、彼等〓力ヲ合ヘシト, かたかるへきものなりとそきこえける、, ル、宇和郡・喜多郡ニテ長曾我部方ノ城モ退散シテ、土〓ヘツホミケリ、河野ハ縁者タ, かくのごとし、歸陣するにおゐては、このいきとをりをのぶべきと、ねん〳〵たくみ候, 父通總秀吉公ト志ヲ通セシ故ニ、竊ニ攝〓姫路ニ到、御目見仕リ、豫〓征伐ノ先登ヲ奉, を點驗して見給ひけるに、ことのほかたくはへおほきによつて、つゐにはすなほにて立, ○伊, 豫, ノ大將ニ命, バ伊豫討手, ノ縁者ナレ, 隆景ハ河野, 來嶋通總伊, 登ヲ承ル, 豫征伐ノ先, ゼラル, 天正十三年七月十七日, 二一一

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  • ○伊

頭注

  • ノ大將ニ命
  • バ伊豫討手
  • ノ縁者ナレ
  • 隆景ハ河野
  • 來嶋通總伊
  • 登ヲ承ル
  • 豫征伐ノ先
  • ゼラル

  • 天正十三年七月十七日

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  • 二一一

注記 (26)

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