『大日本史料』 12編 40 元和七年是歳~元和七年雑載 p.49

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ひし我等の主キリストの伴侶となるを要したり、旅行を終へて二日の間、彼は聲嗄れ、五, て、天界の飮料を求め來りし者少からず、伊豫、因幡及び讚岐など、四國に屬する國々に於, 光明に接し、眞の救濟はキリストの掟にあらざれば見出すを得ずと保證しつゝ、熱心に洗, 禮を請へり、洗禮を受けてのち、或る日、彼は滿足して死したり、師父はこの地を出發して、, 禮を介してキリストに捧げられしが、極めて困難なるときに收穫せられたるものとして、, 到底人の想像を許さゞるものあり、師父は聖週中、この道を歩み、殆んど這行きて、この聖, なし、險しき巖石、危き絶壁を越え行くに、八里の間、高き峯連りたり、その危險なることは, なる日々に、その最も神聖なる肩の上に十字架を擔ひ、かくも恥辱に滿ちたる死に堪へ給, 説教者のうち、この地に入りし者は彼を以て嚆矢とするを以てなり、この國の初穂は、洗, 嘉納せられたり、近隣の國々より集ひ來りしキリシタン頗る多し、三十餘里の行程を歩き, いても、良き收穫ありたり、伊豫國の松山の町に、一人の老いたる偶像崇拜者ありしが、我, 實に二十四里を距てたる板島の町に向へり、日本國中に、この行程よりも更に困難なる〓, 得たり、この國の果に於けるかくの如き事態は、重なる滿足を以て彼を迎へたり、福音の, が子のキリシタンなるを覆さんとして、あらゆる努力を拂ひしも、臨終に及びて、聖靈の, ヨリ集ル, 教徒等隣國, 伊豫, 因幡, 讚岐, 山岐幡豫, 板島, 元和七年是歳, 四九

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  • ヨリ集ル
  • 教徒等隣國
  • 伊豫
  • 因幡
  • 讚岐
  • 山岐幡豫
  • 板島

  • 元和七年是歳

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  • 四九

注記 (23)

  • 290,633,71,2181ひし我等の主キリストの伴侶となるを要したり、旅行を終へて二日の間、彼は聲嗄れ、五
  • 1374,631,71,2184て、天界の飮料を求め來りし者少からず、伊豫、因幡及び讚岐など、四國に屬する國々に於
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