Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
の存すといへとも、元祿年中神主玉井對馬守か古老の口に遺れる話を書集たる一册子に, 又供養の本ともいふ、, り代々當村に住し庄屋役を勤む、, 剩近邊を放火し、災當社に及ひ古記舊録みな烏有となる、今たゝ八幡大神宮私記と云も, 寺の名とし、子孫の者當村へ尼院を建つ、後兵火に燒れて廢す、寺址を今は尼の内と云、, 臣たり、其墓當村在所の田の中に在り、如何成故にや惣左衞門か家よりこれを祭ると, 天正十三年、小早川隆景等藝州より攻來り、當社の傍に陣を立、村南高尾の城を落す、, 徳増氏にて古昔より聯綿相續す、, 〔西條誌〕, 當國越智郡に、武田近江守と言し人あり、天正の亂に討死す、其法諡本性院と言を取て, 〓また〓越後守と云は妙口村劍キの城主黒川家の長, 癈本性寺, 云、, 〔西條誌〕, 惣左衞門, 石岡八幡宮, 組頭, 神主玉井大和, ○中, 石田村, 氷見村, ○下, 六社之内, 御祈願所, 略, 略, 九, 燒亡, 〓越後守, 石岡八幡社, 八幡大神宮, 黒川氏ノ臣, 武田近江守, 私記, 天正十三年七月十七日, 二二九
割注
- ○中
- 石田村
- 氷見村
- ○下
- 六社之内
- 御祈願所
- 略
- 九
頭注
- 燒亡
- 〓越後守
- 石岡八幡社
- 八幡大神宮
- 黒川氏ノ臣
- 武田近江守
- 私記
柱
- 天正十三年七月十七日
ノンブル
- 二二九
注記 (36)
- 274,686,58,2241の存すといへとも、元祿年中神主玉井對馬守か古老の口に遺れる話を書集たる一册子に
- 1388,684,55,533又供養の本ともいふ、
- 1878,684,56,827り代々當村に住し庄屋役を勤む、
- 395,679,59,2256剩近邊を放火し、災當社に及ひ古記舊録みな烏有となる、今たゝ八幡大神宮私記と云も
- 1509,680,57,2275寺の名とし、子孫の者當村へ尼院を建つ、後兵火に燒れて廢す、寺址を今は尼の内と云、
- 886,681,56,2249臣たり、其墓當村在所の田の中に在り、如何成故にや惣左衞門か家よりこれを祭ると
- 516,678,57,2214天正十三年、小早川隆景等藝州より攻來り、當社の傍に陣を立、村南高尾の城を落す、
- 1010,679,56,833徳増氏にて古昔より聯綿相續す、
- 1745,661,73,265〔西條誌〕
- 1631,680,57,2252當國越智郡に、武田近江守と言し人あり、天正の亂に討死す、其法諡本性院と言を取て
- 1011,1620,54,1314〓また〓越後守と云は妙口村劍キの城主黒川家の長
- 1754,1158,55,225癈本性寺
- 767,683,52,71云、
- 632,658,72,260〔西條誌〕
- 1134,2015,54,226惣左衞門
- 642,1160,52,284石岡八幡宮
- 1193,1931,39,82組頭
- 642,1683,53,311神主玉井大和
- 1039,1552,39,76○中
- 1739,972,38,125石田村
- 626,969,39,126氷見村
- 1906,1553,42,80○下
- 625,1453,41,164六社之内
- 669,1449,41,169御祈願所
- 995,1550,40,37略
- 1863,1552,38,37略
- 1783,973,38,38九
- 498,335,40,81燒亡
- 992,338,41,169〓越後守
- 542,339,39,211石岡八幡社
- 423,342,40,208八幡大神宮
- 1037,339,40,209黒川氏ノ臣
- 1635,340,39,215武田近江守
- 380,337,38,82私記
- 151,845,40,430天正十三年七月十七日
- 151,2405,42,120二二九







