『大日本史料』 11編 14 天正13年3月 p.192

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何れの時に始れるを知らす、境内に八大龍王・妙見菩薩を祀れり、然とも社なし、古は, 手明神・蛭子神を合祭す、舊は蛭子・勝手・子守の三神を祀る、住吉を本社とするは、, 天正十三年、莵道一村兵火の爲に燒亡し、只社のみ存すとそ、, の太田城を水ぜめにし、社頭を破却し、神領を沒收せられしかば、忠雄朝臣兩宮の御靈, 〔紀伊續風土記〕, 秀吉沒收の後の神領は國君より寄附したまへり、, 代を奉し、神寶・舊記等を身にしたがへ、高野山のふもとにのがれ避ておはせしが、軍, ふ名殘れり、, 南北の中央にあり、一村の氏神なり、社地今總持寺の内に屬し、總持寺の鎭守とす、勝, 〔紀伊續風土記〕, 神田あり、豐太閤南征の時沒收せらる、今村中田地の字に御供田・御油田・宮免なとい, が、關白秀吉これをふくんで、同十三年、當國に亂入し、根來寺を燒亡し、國造家累代, 兵退散の後、程なく兩大神を奉し、ふたゝび此地にぞかへられける、, 若宮八幡宮, かくて, 住吉明神社, (紀伊徳川氏), 雜賀莊梶取村, 七名草郡一一, 雜賀莊有本村, 下略, 以上太田城水攻のこと, は、世に流布する太閤記, 七名草郡二, ○上, にいへるとははなはだ意趣のちがへることにて、國造家および太田むら惣光寺○太田城水攻ノコト四, 下略, の舊記につまびらかに見えたれば、なほ太田城趾の條にくはしくいふべし、月二十二日ノ條ニ見ユ、, ○上, 月二十二日ノ條ニ見ユ, 住吉明神社, 神領沒收, 社頭破却, 國造忠雄難, 若宮八幡宮, 神田沒收, ヲ高野山麓, ニ逃ル, 天正十三年三月二十一日, 一九二

割注

  • 雜賀莊梶取村
  • 七名草郡一一
  • 雜賀莊有本村
  • 下略
  • 以上太田城水攻のこと
  • は、世に流布する太閤記
  • 七名草郡二
  • ○上
  • にいへるとははなはだ意趣のちがへることにて、國造家および太田むら惣光寺○太田城水攻ノコト四
  • の舊記につまびらかに見えたれば、なほ太田城趾の條にくはしくいふべし、月二十二日ノ條ニ見ユ、
  • 月二十二日ノ條ニ見ユ

頭注

  • 住吉明神社
  • 神領沒收
  • 社頭破却
  • 國造忠雄難
  • 若宮八幡宮
  • 神田沒收
  • ヲ高野山麓
  • ニ逃ル

  • 天正十三年三月二十一日

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  • 一九二

注記 (40)

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