『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.303

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に志賀山人と成て年を空くし侍りし事、, なん有し、今世弓・鐵炮の者五十・三十預り、年をへてつかふさへ、長篠の鐵炮のや, なと四五人裁判し、廿一曰の早朝より自由に進退し、鐵炮をうたせ侍るに、いと安く, 是はいかゝすへく候、かれは何とかあらんと、とへとも〳〵いらへことしたどにはか, うにはあらし、是も信長公戰場にして、數十人面々に、とや有へきかくやあらましと、, さしつを請奉り、御返辭もしあへ給はぬほと急なるにも、其〳〵に應し、とかうせよ, ふかう感し侍りき、惜乎、此渡邊は武勇智謀且備り今世まれなる士なれ共、故なき事, 〳〵しくもあらさりしと、其臣語り侍りし、得ぬ藝にこそ、件の評渡邊勘兵衞尉いと, かくせよと、活々撥々地にして下知し給ふに、違ふ事なかりし故なるへきか、姉川合, 戰をは聊難義におほしつるや、其曰の出立さま、氣象、物さひて見えし、其外の合戰は, いかめしやかに有しよし、岡田助右衞門尉語り申しき、大坂虎卯の戰に、或國守へ, し、されはたひ〳〵云舊し事なんめれと、つゐてよろしけれは、又天正三年信長公長, 篠合戰の時家中より三千挺のぬき鐵炮を、五月廿曰の晩に請取、湯淺甚介・猪子兵介, 〳〵かくはあらし、おもへは〳〵、萬事上一人に下は應する事符節を合するよりも甚, 天正十三年七月十九日, 三〇三

  • 天正十三年七月十九日

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注記 (16)

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