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又おほくうち死す、其後信州丸子におゐて、其近邊を放火せしにより、御褒美をたまはる、, をはけませしにより、十四年正月十三日、武川の士と一紙の御書をたまふ、, 忠をはけますゆへ、武川衆と同しく御直判の御書を給はる、, として、駿府にたてまつり、大久保七郎右衞門忠世か手に屬し、かの地にいたり、忠戰, 〔寛政重修諸家譜〕, 眞田氏を追討の時、頼忠先陣にありて、眞田か家人柳澤采女をうちとる、頼忠か家人も, 〔寛永諸家系圖傳〕, 十三年九月、兵を信濃國上田に遣され、眞田昌幸を征したまふのとき、盛次妻子を人質, ツカラ昌幸カ老臣柳澤采女ヲ斬リ、其鑓ヲ奪フ、頼忠カ士卒モ亦多討死ス、頼忠急ニ丸, 同十三年、大權現兵を信州眞田へつかはさるゝ時、門宗妻子を人質に駿州へ獻して、軍, 同年、眞田安房守昌幸カ領スル處ノ信州小縣郡上田城ヲ攻タマフ時、頼忠先登シテ、手, 曾祖父諏訪安藝守源頼忠, 〔寛永諸家系圖傳〕三十入戸野門宗又兵衞, 諏訪頼忠, 十三年、眞田昌幸かこもれる信濃國上田城をせむ、, 内山吉明左京, 詣牒餘録〕, 從五位下, 五十二, 諏訪因幡守, 十三, 二百一二, 四十, 小太郎安藝守, 六, 二二口, 内山吉明, 入戸野門宗, 諏訪頼忠, 天正十三年閏八月二日, 七四
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- 從五位下
- 五十二
- 諏訪因幡守
- 十三
- 二百一二
- 四十
- 小太郎安藝守
- 六
- 二二口
頭注
- 内山吉明
- 入戸野門宗
- 諏訪頼忠
柱
- 天正十三年閏八月二日
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- 七四
注記 (31)
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