『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.249

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うはんにてらる、女中しゆう、あなたの女中しゆう、つねの御所の御ひさし, 是日御近臣ニ宴ヲ給フ、, みやの御かた、女三のみやの御かた、御かつしき御所、女御の御かた、御しや, にてらる、く御すきて、かうたいの物いてゝ、おとこたちくもしらる、めてた, 器に盛りて出せしと云事、宗湛日記に見へたり, 二十七日, に七ケ所、宗悦か自力を以て開田を起せり、箱崎にも、今に靄田新開と云所, ます、おとこたちのこらす、みなみのめんたうにてく御らる、女ゐんの御所, 守よりの文書あり、又薩摩守より左文字の短刀一腰賜りしとかや、又國中, あり、秀吉公宗湛か宅に駕を屈し給ひし時、諸侯宗悦か第に於て、強飯を雜, んらる、いつものことく、やまふきの御ふるまいあり、女ゐんの御所ならし, 若杉城主杉權頭連並より、米千俵借用の券、及び、筑後久留米城主田中筑後, 四月廿七日、はるゝ、女ゐんの御所より、さらし十た, 前權中納言山科言經等ヲ遣シテ、因幡堂ニ代詣セシメ給フ、, し〳〵、, 〔御湯殿上日記〕, 〔御湯殿上日記〕六十四月廿七日、ばるゝ、女ゐんの御所より、さらし十た, 雜器といふは、八寸の四角, を落し、中にカンナ目三筋, 癸, 付たる, 丑, 六十, へき也、, やまふき, (鮒)ノ御, 宴, 慶長八年四月二十七日, 二四九

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  • 雜器といふは、八寸の四角
  • を落し、中にカンナ目三筋
  • 付たる
  • 六十
  • へき也、

頭注

  • やまふき
  • (鮒)ノ御

  • 慶長八年四月二十七日

ノンブル

  • 二四九

注記 (29)

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