『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.378

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みて、つきぬことを筆にまかせ侍り, 城し給ひけり、彼御謀叛の御談合の人數にやさゝれ給ひけん、三井寺まて, にして、草のうへの露ときえぬれは、此うらみ、いつの世まてか殘らん、さす, あさかほのきえをあらそふ露の世にさきたつ身とてなになけかまし, もこへ、工夫もそなはれりと、傍にはいひあへりしを、存日紹巴と同時にし, 秋の夜はなかめ〳〵てあけかたに入ぬる月もおしくやはあらぬ, かハされず、昌叱にくだされしは、少われをいたはり給ふ御心かと、人々も, て、發句の數もつもらさりしかは、今よりこそと、みな人思ひやりしに、不幸, ましき身となり給ひておはしけるを、, おしへしわれに、情なくあたり、にこのしらせ給ふ桑の木の机まてとりぬ、, 流され、百石之知行、其外家財屋敷まて、昌叱に太閤御所よりくたされ、あさ, おもふに、此昌叱、おさなくよりとりたて、子より念ころにはくゝみ、殘さす, か世を觀しけるにや、あさかほの發句、あはれふかし、いさゝかこれにちな, 太閤御所、りがあとを他人につ, 鄰の玄仍か屋敷と、わか屋敷と、今まては垣もせす、ひとつに行通しに、此度, 〔戴恩記〕風秀次關白殿、運歌をふと御〓古ありしかは、悦て、紹巴毎日登, ○中, 略, ヲ冷遇ス, トノ説, 昌叱紹円, 慶長八年七月二十四日, 三七八

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  • ○中

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  • ヲ冷遇ス
  • トノ説
  • 昌叱紹円

  • 慶長八年七月二十四日

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  • 三七八

注記 (23)

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