『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.443

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詐ならす, 十八日, 八月十八日、天晴、豐國ヘ勅使中山中納言ト云々、, 古社にて、みな清須明神と稱すへきなれハ、三所にて御祈念申上しにや、今, れ〓と、此山王社は所の氏神、また中島宮、及ひ上畠神明との三社は、同等の, 言御たちあり、大御ちの人より、まつりのく御らる、まつりの御さか月らる、, 慶親、束帶太刀折紙、神前兼治備之、馬代、五貫文奉幣兼治勤之、祝戸權少副兼, 之事依申罷越也、政所山上之廟所ヘ御參、同社ヘハ御名代カウ藏主、奉納艮, 産土神なれは、清須明神へ御祈念ありし、其明神とあるは、今何れとも知ら, 之、次退出了、次中山中納言ヨリ、予扇十本給也、予伏見〓長老ヘ、慶鶴丸敍爵, 樂有之、次朝備神供、二位卿、同兼治參勤、樂人依遲無樂也、次勅使中山中納言, 八月十八日、天晴、秀頼爲御名代、片桐市正裝束奉納、金子一, 枚、次鳥目百貫文奉納馬代、次奉幣兼治勤之、祝戸權少副兼之退出、次、初ニ神, 八月十八日、はるゝ、とよくにのちよくし、中山中納, 中三十餘人射禮を行ひし、其姓名を記したる板あり, 豐國社祭、例ノ如シ、, 又性高院君當城に居給ひし時、慶長八年八月十五日、其御家, 〔時慶卿記〕, 〔梵舜日記, 〔御湯殿上日記〕, 〔御湯殿上日記〕〓十八月十八日、はるゝ、とよくにのちよくし、中山中納, ○中, 略, 六十, 寅, 壬, 七十, 九, 十, 寅工, 豐國社祭, ノ次第, 勅使參向, 慶長八年八月十八日, 四四三

割注

  • ○中
  • 六十
  • 七十
  • 寅工

頭注

  • 豐國社祭
  • ノ次第
  • 勅使參向

  • 慶長八年八月十八日

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  • 四四三

注記 (35)

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