『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.541

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十三日、, 〔附録〕, 明經博士舟橋秀賢、五山僧侶等ノ爲メニ論語ヲ講ズ、, 〔參考〕, の本土寺の門前に葬り、のち、水戸中納言光圀卿、同寺の境内に改葬せら, まもなすにて一こんらる、せいりやう殿へならしまして、月をかませらる, 〔後水尾院當時年中行事〕九月十三日は、十五日夜, 〔慶長日件録〕一九月十三日、論吾講尺始之、序講之、相國寺、慈照院、澤藏主、, る、, 君の母堂たり、天正十九年十月六日卒す、日上妙眞院と號す、下總國小金, 〔時慶卿記〕〓九月十三日、天晴、月明也、大豆ヲ祝、, る、, 九月十三日、はるゝ、めい月の御さか月、御こふあり、, 後ノ名月ヲ賞シ給フ、, に同し、, 女子東照宮にみやつかへし、都摩と稱し、また下山とめさる、武田萬千代, 〔御湯殿上日記〕六十九月十三日、はるゝ、めい月の御さか月、御こふあり、, 〔御湯殿上日記〕大十, ○八, 月, 寅, 丙, 慶長八年九月十三日, 五四一

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  • ○八

  • 慶長八年九月十三日

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  • 五四一

注記 (24)

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