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賜す、二年九月十三日、老中松平伊豆守信綱をもつて、光宗卒する乃悼を弔らはせたまひ、, 日鶴白鳥雁〓等きらひれくとるところの逸物乃鷹を恩賜あり、十一月十一日仙臺にか, 四日、病あるにより、上使をもてとはせられ、御菓子を壹匁ふ、十五日參府のゝち、放鷹の暇, かりし家臣に物を〓まふ、十五年四月十六日、去年領地洪水のりしこと&きこしめされ, り、十五日久喜に遊獵せしとき、家臣河野道圓を法眼に敍せらおゝ乃む〓、奉書シて仰下, 普請により、仰をうきたるはりて、常陸國より材木運漕の事を沙汰をし家臣に、時服二領, 謝するのとき、御前にをいて密意をうけた又はり、山乃井肩衝じ茶入を拜賜す、これ先に, もて仰を傳ふ、こ乃年の冬御鷹乃鶴を賜ふ、乃ちとし〓に恩賜あり、十六年三月、先に本城, ならす、成實老年〓るによりて、下乘のもとま〓肩輿する〓&ゆるさる、七月十六日、さち, て特恩を謝したてまつる乃ところ、御前にめして、時服十領、羽織二領をゑヌひ、しの乃〻, を賜も、四月十四日陸奥守にあらため、來國光の御刀出たまふ、十二月十九日、先に仰下さ, れし耶蘇の徒を捕へて壹〓まつる、乃ちこの事により御感乃仰をかう〓お、十七年十月, さる、十二月二十八日男光宗を御前にめされ、忠宗か長女を立花飛騨守忠茂に嫁すへき, こと仰出されしむ年、台命をかう〓る、また一門及む家臣の輩よりも、伊達安房成實をし, 白銀五千貫目をかしあたへらる、十九日營に乃不りて、この事を謝すしのとき、近くめさ, 東照宮より政宗に賜ひ、卒する乃ゝち、遺物としてけゝきしを、今また忠宗に下されしな, 三年五月十九日、さきに居城をよひ白石の城地震そ破壤せるにより、修理せん事をうか, し普請、いまた功ならすして卒をしこより、これをゆるさ〓といへとも、そのことにあつ, にこひ申をし、仙臺城山下に邸宅を構ふるの事、その意にまつすへきむ〓、老中より奉書, 况たまひて、久喜におもむく、乃ちもしは〳〵仰によりてかしこにおもむく、十九年九月, 二十二日、英勝院の新葬により、こふて鎌倉乃墓所にまうつ、十一月朔日、また久喜におも, をたさは〓、九月朔日また所勞そより、御使を下〓れ、二十六日御使もて美濃〓一籠を拜, むくにより、大鷹一居、〓一居を恩賜あ〓、二十年五月十一日、歸國のいとき壹たふことを, 壹岐守正盛をして、去年地震乃ゝち洪水火災等の事あ〓しをきこしめし、御心もとなき, ゝ弟のところ、そのむ〓に任す〓きむ〓、奉書をて仰下さお、四年四月二十三日、御側中根, れて、〓きの水難察しおほしめさる、御覺ことなまによりて、他乃例にかゝはらす、恩貸乃, のむ第仰戍かうもお、正保元年五月二十三日、病にかゝるのむ都きこしめされ、楊梅一籠, 乃む手、台命をかうぬる、慶安二年五月二十八日、封地にゆくのいと〓壹まふこと况謝す, 〓のとき、さきにこむ申せし東照宮を仙臺に勸請したてまつる乃事をゆるさま、こ乃, 附録, 附録, 五九三
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- 附録
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- 五九三
注記 (32)
- 644,712,52,2140賜す、二年九月十三日、老中松平伊豆守信綱をもつて、光宗卒する乃悼を弔らはせたまひ、
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