『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.585

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るゝ、夕かた、御さか月いつものことく、女中おとこたち御とをりあり、, てう、うすやうにつゝみてらる、, て遷化せし故、當寺營作の事を、春屋の弟子江月和尚に任せらる、, た、御さか月三こんらる、つく〳くいつものことく、ひとへきぬにてらり、女, に移し、菩提所にすへしとて、今の地に經營せらる、その翌年、雲英は上方に, 中おとこたち御とをりあり、御けんてうくたさるゝ、しやうくんへ、御けん, 玄猪ノ儀、例ノ如シ、十七日、廿九日、マタ同ジ、, ○崇福寺再造、及ビ黒田長政寺領ヲ寄附スル事ハ、慶長六年ニ其條ア, 十七日、はるゝ、御ゐのこにて、御けんてう、はう〳く、より申にらりていたさ, う所にて、みやうかのためにて候まゝ、申つけしん上申候はんよしにて、百, 五日、はるゝ、御いのこにて御けんてう、はう〳〵より申らりていつる、夕か, 府は、福岡より遠路にして、常に參詣し難し、崇福寺を博多の東十里松の内, とし〳〵のことく、おほせつけられ候へは、ほりのけんもつむすこ、ちきや, 五十かうしん上申、, 五日、, 十月四日はるゝ、女御の御かたより、かきらる、のせ, リ、參看スベシ、, 〔御湯殿上日記〕, 略, 六十, ○下, 丁, 亥, のせ餅獻, かのこ, 上, 慶長八年十月五日, 五八五

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  • 六十
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  • のせ餅獻
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  • 慶長八年十月五日

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  • 五八五

注記 (28)

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