『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.953

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猶萩の繁茂したるなるへし, 禪宗、指月山善福寺, また防長名所雜記に、阿武郡萩の地を、阿須波の原の古跡とい, の郷とあり、さて萩の地を、上古の島の榛原の舊跡といひて、今、川島といふ, も、此號の殘りたる也といへれと、島といふことのみ據あれとも、榛と萩と, 寺社舊記抜萃ニ云、指月山善福寺は、永享年中, 秋不立友とありて、はりとはきと、音のかよひより、誤り來れるにて、此地は, 草創、開山前住建長翔天源〓和尚道場也、昔之寺地今の御城地也、輝元公御, は聊ことかはりて、万葉集の歌にも、思子之衣將摺尓爾保比古曾島野榛原, 等の内に、萩津浦にて一丁云々とあり、また吉見元頼朝鮮渡海日記には、萩, ひ、或は、原の松原, 郷にあり、或書に、阿武郡波岐, 名定まりたりとみえて、川島善福寺所藏、大内義隆より賜はりし證文判物, ともいへり、近く天正、永祿の比よりは、, 打入ニ付、爲替地河島今の地を賜り、仍指月山右所替, そ、同入江にて有之由、, 八江萩名所圖畫〕一萩、阿武郡椿, 藻鹽草に、原の松原, といヘり、, 打よする崎といへるにて、今書さまの改まり, たるならん, 長門にありと見ゆ, 或人は、波崎にはあらさりしにや、韓海万里波, 都波木, ○中, ○下, とも、, 略, 略, 福寺, 指月山善, 萩ノ沿革, 慶長九年二月三日, 九五三

割注

  • 藻鹽草に、原の松原
  • といヘり、
  • 打よする崎といへるにて、今書さまの改まり
  • たるならん
  • 長門にありと見ゆ
  • 或人は、波崎にはあらさりしにや、韓海万里波
  • 都波木
  • ○中
  • ○下
  • とも、

頭注

  • 福寺
  • 指月山善
  • 萩ノ沿革

  • 慶長九年二月三日

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  • 九五三

注記 (34)

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