『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.954

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地形廣濶壯大にして、今ハ七里計四方を萩と稱す, 浦としるしたり, さて慶長年間, 賣市〓の家屋は、堂々として軒を連ぬ、實に自からなる金地といふへし、, 舖の莊とも書けり、其はとまれかくまれ、萩と云名は、早くいひ來れる也, 龍藏寺縁起には、堀田の莊、後には牛, 指月山の, 方は、東南二川を帶ひ, しからぬ御城下とはなれり、藩中列士の第宅は、麹々として甍をならへ、商, 麓を開き、御城を築かせ玉ひしより、, 西北韓海に連なれる地にて、魚鹽の利乏, 〔附録〕, 大, 〔毛利文書〕〓十, 裏書, 東手水川垰、西玉江、南, 忰坂、北猪熊垰を限る, 稱す、故に古萩といふ名のこれり云々, 二川の事は, 東北の方を萩村といふ、後總名を萩タ, 其條に詳也, 家あり、田町通り東南ハすへて水溜にして、田園等も少く, 、長門金櫃に云、當所を萩といふことハ、今云古萩の所に人, 萩と、字をおきそへたるなるへし、いまたゝ省きて、, 當島とのみいふハ、即て七村の名なりけり、○中略、, を見るに、埴田の驛舍(今小畑)より、或ハ三位、又ハ篠並なとありて、萩といふ, 九年の, 所見えす、按ふに、此地古へハ竈の數も少くして、里の名をいふへきほとの, 春か, 地にてハなかりしか、因に云、今萩を當島の萩といふへ、もと川島より出た, る名にて、當の字ハ、當國當郡なとの意なり、則、島の萩といふへきを、當島の, 今、御城, 山を云, 或, 書, 慶長九年二月三日, 九五四, 三小吉

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  • 東手水川垰、西玉江、南
  • 忰坂、北猪熊垰を限る
  • 稱す、故に古萩といふ名のこれり云々
  • 二川の事は
  • 東北の方を萩村といふ、後總名を萩タ
  • 其條に詳也
  • 家あり、田町通り東南ハすへて水溜にして、田園等も少く
  • 、長門金櫃に云、當所を萩といふことハ、今云古萩の所に人
  • 萩と、字をおきそへたるなるへし、いまたゝ省きて、
  • 當島とのみいふハ、即て七村の名なりけり、○中略、
  • を見るに、埴田の驛舍(今小畑)より、或ハ三位、又ハ篠並なとありて、萩といふ
  • 九年の
  • 所見えす、按ふに、此地古へハ竈の數も少くして、里の名をいふへきほとの
  • 春か
  • 地にてハなかりしか、因に云、今萩を當島の萩といふへ、もと川島より出た
  • る名にて、當の字ハ、當國當郡なとの意なり、則、島の萩といふへきを、當島の
  • 今、御城
  • 山を云

  • 慶長九年二月三日

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  • 九五四
  • 三小吉

注記 (38)

  • 892,655,62,1507地形廣濶壯大にして、今ハ七里計四方を萩と稱す
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