『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.474

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に附、敷内の掛ケ引をなすものを、間山衆と云, 一なとゝ割合を計ひて、たとへは、半分をは公納とし、殘りを、山仕、かなこへ, 亦は山仕の貧富により、出鏈の内、或は半分に引分け、又は三分の一、四分の, 宛行ふ事なり、水間歩なとにて、諸拂多く、山仕難儀の所は、三分の一、又は四, しからす、此頃は、世上通用の金銀錢乏敷、金銀山稼方の諸拂につかへし所、, 山出之銀を薄く打延へ置、入用の程を見はからひ、鋏み切て、權衡にかけ通, 分の一を公納と定め、殘りを山仕へ渡す、其時々之計を以定めたる由聞ゆ、, 用せし也、是を笹吹銀といふ、, 山仕共、自分山をは、運上金銀を出して稼きし也、山の出方により、運上も同, 金銀山出鏈の内、荷分と云事、此頃より始りしと見へたり、是は出方の多少, 一説、御直山の山仕、三十六人に極しは、慶長十二年の事也共云、山仕の手, 取て、金銀を吹立るものを、買石といふ、山買石、こき買石抔とて、市中に數, 百人有り、せり入にて鏈を買取る上、此もの共が業をなす所をせり場と, 今年、青盤十左衞門といふもの、間歩を切開き、青盤間歩と云しか、十間計り, 云、, 又鏈石買, 慶長九年八月十日, 後に至りて、かな, こ、とあらたむ, 間山衆, 笹吹銀, 山仕, こき買石, 買石, せり場, 御直山ノ, 荷分ノ始, 青盤間歩, 四七四

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  • 後に至りて、かな
  • こ、とあらたむ

頭注

  • 間山衆
  • 笹吹銀
  • 山仕
  • こき買石
  • 買石
  • せり場
  • 御直山ノ
  • 荷分ノ始
  • 青盤間歩

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  • 四七四

注記 (29)

  • 1677,715,60,1352に附、敷内の掛ケ引をなすものを、間山衆と云
  • 504,660,59,2183一なとゝ割合を計ひて、たとへは、半分をは公納とし、殘りを、山仕、かなこへ
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