『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.987

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

關東にいらせたまふのとき、, 少納言ヘ御茶之役者被仰付ト、, 二十七日、, 今これをゆるさる、よろしく勤仕すへきのむね仰をかうふり、これよりふ, 駿府に御在城のとき、在重さきに關東に來らさる事、惜むへしといへとも、, たゝひつかへたてまつる、元和元年十一月六日死す、年七十一, 在重は安倍, 村式部少輔一氏駿河國を領するにをよひて、一氏に屬す、そのゝち、東照宮, 院御所ヘ參上候、御花見之由候、主上ヨリ初テ、親王、門跡、近衞殿各御立會ト、, 二月廿七日、天晴、女院御所梢花盛也、時直ハ被召テ女, 恆景か呈譜に、在宣に作る、, 十八年、, 女院御所ニ觀花ノ御宴アリ、天皇臨御、, 〔時慶卿記〕, 朝倉在重, を去かたき事あるにより、したかひたてまつらす、のち、中, 〔寛政重修諸家譜〕, 東照宮につかへたてまつり、, 朝倉六兵衞殿, 人々, 海野彌兵衞殿, ○本書及ビ, 略譜等ニ、海, 二十, 六百六, 六兵衞, ○天, 河, ○中, 十六, 駿, 彌六郎、, 見エズ, 野彌兵衞, 略, 正, 申, 壬, 二, 朝倉在重, 慶長十年二月二十七日, 九八七

割注

  • ○本書及ビ
  • 略譜等ニ、海
  • 二十
  • 六百六
  • 六兵衞
  • ○天
  • ○中
  • 十六
  • 駿
  • 彌六郎、
  • 見エズ
  • 野彌兵衞

頭注

  • 朝倉在重

  • 慶長十年二月二十七日

ノンブル

  • 九八七

注記 (42)

  • 1387,2029,53,856關東にいらせたまふのとき、
  • 215,652,59,926少納言ヘ御茶之役者被仰付ト、
  • 563,574,69,301二十七日、
  • 915,653,63,2216今これをゆるさる、よろしく勤仕すへきのむね仰をかうふり、これよりふ
  • 1031,652,66,2232駿府に御在城のとき、在重さきに關東に來らさる事、惜むへしといへとも、
  • 798,659,60,1824たゝひつかへたてまつる、元和元年十一月六日死す、年七十一
  • 1276,654,55,345在重は安倍
  • 1149,651,66,2220村式部少輔一氏駿河國を領するにをよひて、一氏に屬す、そのゝち、東照宮
  • 328,649,63,2229院御所ヘ參上候、御花見之由候、主上ヨリ初テ、親王、門跡、近衞殿各御立會ト、
  • 445,1226,60,1639二月廿七日、天晴、女院御所梢花盛也、時直ハ被召テ女
  • 1503,2101,54,788恆景か呈譜に、在宣に作る、
  • 1388,1670,56,208十八年、
  • 554,942,78,1231女院御所ニ觀花ノ御宴アリ、天皇臨御、
  • 428,616,106,340〔時慶卿記〕
  • 1505,1521,55,278朝倉在重
  • 1269,1163,57,1707を去かたき事あるにより、したかひたてまつらす、のち、中
  • 1486,620,101,565〔寛政重修諸家譜〕
  • 1393,657,54,866東照宮につかへたてまつり、
  • 1739,1162,59,416朝倉六兵衞殿
  • 1630,1526,43,113人々
  • 1856,1168,59,415海野彌兵衞殿
  • 827,2541,42,325○本書及ビ
  • 781,2542,44,330略譜等ニ、海
  • 479,1023,39,102二十
  • 1535,1241,43,177六百六
  • 1488,1818,43,192六兵衞
  • 1412,1897,45,107○天
  • 1258,1024,42,43
  • 1415,1532,40,111○中
  • 1493,1241,38,105十六
  • 1301,1029,44,109駿
  • 1533,1816,41,200彌六郎、
  • 675,650,36,192見エズ
  • 715,651,44,257野彌兵衞
  • 1373,1530,39,38
  • 1373,1895,37,34
  • 555,895,36,40
  • 597,896,40,37
  • 439,1022,37,31
  • 1525,290,43,173朝倉在重
  • 114,722,44,424慶長十年二月二十七日
  • 109,2451,41,123九八七

類似アイテム