『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.717

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たいをおつてわけちきやうすへし、, 建武二年十一月廿日平重胤(花押), やうすへし、又次郎子なくして、跡たえぬへくは、松犬ちきやうすへし、いつ, のことくたるへし、松犬子なくして、跡たえぬへくは、次郎にの跡をはちき, 一盤崎の後家尼御せんの御りやう、はとはらのむらにおいては、たねかと, のいよ房かやしき田在家、孫四郎の給分せきねのやしき田在家、おたかの, 胤知行すへき處也、しかれは、はとはらのむらをは、おなしく松犬知行すへ, 家一けんかれをのにく、このほかは、讓のことく知行すへし、御公事は、先例, のゆつりのことくは、後家尼御せん一こゆつるなり、こけ一このゝちは、重, 矢河原後家尼の田在家一けん、彦三郎入道か居内の田在家、下總國相馬郡, 内あはのさ例まの村、これをゆつる、この内に、さつまに山ふしうちの田在, 陸奧國行方郡内、, れの子なりとも、いらんをいたさは、ふけうたるへし、その跡をは男女子し, みゝかやむらかみのはまくきのゝ田在家、やまかりくらかくまさは, き也、仍讓状如件、, 建武二年十一月二十日, 建武二年十一月二十日, 七一七

  • 建武二年十一月二十日

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  • 七一七

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