『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.329

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

て相澄候へと申聞候故、其趣御兩人へ申候つる、然ははや被果候か、いま, ては、最前以來四郎右衞門尉殿へはしらせ不被申、勿論平右、内左にもし, 聞候てからは、助候てつかい候事は不成候條、相果候はす〓候、其しなを, 尉殿へ申とゝけ候て、何分にも彼御指圖にまかせ可申付候へとも、去と, 下候へと申たるほとの事候、左候て、助候へと四郎右衞門尉殿被仰候て, たにて候はゝ、是非申留候へと被申候とて罷歸候、玄蕃手前のははたし, り成敗のざまとは乍申、四郎右衞門尉殿へたつね申候へは、御助候て被, 是は玄蕃分別ちかいにて候、其子細者、此中之とか人之並にさいせん四, 候はて置申候つれとも、修理手前之儀、彼はたしさまを伺申候由聞候て、, て候間、とかく内儀にて被渡たるとか人にて候之間、内儀にてはたし候, 左にて候間、此衆を先として、そこ心には、此旨を可被存候間、とかく我々, らせられ候はて、皆々被申拵候をも承引候はて、被差切候を、只今此方よ, 中のことく、一人被相別、御渡候とか人にて候はゝ、相果候共、四郎右衞門, 郎右衞門尉殿へ、五郎右衞門尉殿被相伺、以其上、四郎右衞門尉殿より、此, 談合申候へと之事〓へとも、於于今は、四郎右衞門尉殿へ不被申か幸に, 先ヅ其組, 盆田景祥, ノ二人ヲ, 誅ス, 慶長十年七月二日, 三二九, 慶長十年七月二日

頭注

  • 先ヅ其組
  • 盆田景祥
  • ノ二人ヲ
  • 誅ス

  • 慶長十年七月二日

ノンブル

  • 三二九
  • 慶長十年七月二日

注記 (22)

  • 1402,693,72,2135て相澄候へと申聞候故、其趣御兩人へ申候つる、然ははや被果候か、いま
  • 580,686,73,2130ては、最前以來四郎右衞門尉殿へはしらせ不被申、勿論平右、内左にもし
  • 1751,698,75,2135聞候てからは、助候てつかい候事は不成候條、相果候はす〓候、其しなを
  • 697,681,76,2139尉殿へ申とゝけ候て、何分にも彼御指圖にまかせ可申付候へとも、去と
  • 226,677,75,2135下候へと申たるほとの事候、左候て、助候へと四郎右衞門尉殿被仰候て
  • 1285,694,70,2134たにて候はゝ、是非申留候へと被申候とて罷歸候、玄蕃手前のははたし
  • 341,684,77,2135り成敗のざまとは乍申、四郎右衞門尉殿へたつね申候へは、御助候て被
  • 1051,685,72,2138是は玄蕃分別ちかいにて候、其子細者、此中之とか人之並にさいせん四
  • 1163,686,77,2150候はて置申候つれとも、修理手前之儀、彼はたしさまを伺申候由聞候て、
  • 1514,697,77,2137て候間、とかく内儀にて被渡たるとか人にて候之間、内儀にてはたし候
  • 1869,695,76,2126左にて候間、此衆を先として、そこ心には、此旨を可被存候間、とかく我々
  • 461,688,73,2127らせられ候はて、皆々被申拵候をも承引候はて、被差切候を、只今此方よ
  • 811,688,77,2136中のことく、一人被相別、御渡候とか人にて候はゝ、相果候共、四郎右衞門
  • 929,686,79,2139郎右衞門尉殿へ、五郎右衞門尉殿被相伺、以其上、四郎右衞門尉殿より、此
  • 1633,694,77,2136談合申候へと之事〓へとも、於于今は、四郎右衞門尉殿へ不被申か幸に
  • 1187,246,43,174先ヅ其組
  • 1234,248,41,172盆田景祥
  • 1145,255,39,160ノ二人ヲ
  • 1102,249,38,76誅ス
  • 142,677,41,336慶長十年七月二日
  • 124,2403,42,123三二九
  • 142,678,42,336慶長十年七月二日

類似アイテム