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直實, 代の士おほく一揆に屬すといへとも、清長同心せす、岡崎城に勤仕し、し, は〳〵軍功あり、又土呂の逆徒は、清長の本領高力の郷と隣るにより、仰, 六歳にして孤となり、叔父重正に養はる、其後廣忠卿に仕へ、二十一年駿, の合戰に鎗下の高名して、甲首一級を得たり、六年一向專修の亂に、御譜, 府に至り、東照宮につかへたてまつる、永祿三年五月十八日、尾張國大高, をうけて馳むかひこれを平治す、落去の後、かの地にをひて制法を定め, 北條流にをさむといへとも、今これをあらたむ、はしめ熊谷を稱し、新三正, 清長母は板倉氏の女、亨祿三年三河國に生る、天文四年父討死の時、清長, 佛像經卷を拾ひをさめ、一つも紛失せさらしむ、免許あるに及て、をのを, 直かとき梁田にあらため、其男重長かときはしめて高力を稱す、, 重長, 正直, 女子, 1, 正長, 新三、與左衞, 門、河内守, に、はしめて家號とす, 土佐守、從五位下, はしめて梁田を稱し、三河國高力郷に住す, 夫、攝津守、從五位下、, 代略ス, 初忠長、左近、左近大, 與次郎、權左衞門、, 今の呈譜直長に作り、正直をもつて法名とす、, ○以下十二, 高力郷に住するの故-安長-清長, 高力郷に住するか故, 正長, 蹟, 清長ノ事, 一向一揆, 二オケル, 清長, 慶長十三年正月二十六日, 三七二
割注
- 新三、與左衞
- 門、河内守
- に、はしめて家號とす
- 土佐守、從五位下
- はしめて梁田を稱し、三河國高力郷に住す
- 夫、攝津守、從五位下、
- 代略ス
- 初忠長、左近、左近大
- 與次郎、權左衞門、
- 今の呈譜直長に作り、正直をもつて法名とす、
- ○以下十二
- 高力郷に住するの故-安長-清長
- 高力郷に住するか故
- 正長
頭注
- 蹟
- 清長ノ事
- 一向一揆
- 二オケル
- 清長
柱
- 慶長十三年正月二十六日
ノンブル
- 三七二
注記 (37)
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