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のとき供奉し、從五位下に敍し、左近大夫と稱す, に選出されて、其職に任しけり, おほくはしたっひ參らせたり、これひとへに清長かはからひによる所也, て、とつくはからひしほとに、永祿十一年、宗能御手に屬しけれは、當國の輩, つ彼僧によつて、宗能に案内を通し、はやく御方に參るへきよしをすゝめ, たやすくおつへうも見へす、彼等もとより今川の方人にて、徳川殿に隨ひ, 國の住人久野三郎左衞門宗能かこもつたる久野の城と申は、當國第一の, 要害、久野か一族究竟のつはもの、たとへ何萬騎をさしむけて攻らるゝ共, まいらせす、こゝに又遠江國可睡齋の住持は、宗能歸依の僧也けり、清長ま, 丸子城の逆徒をふせき、九月京師に供奉す、のち増田右衞門長盛その子, さるほとに、駿河, 兵大夫守次をめしあつけらる、十年七月、台徳院殿洛にのほらせたまふ, 御軍始の日より常に軍にしたかひて、一度の不覺なく、永祿八年三河國は, しめてたいらきしかは、やかて奉行職を置て、國中の事を治らる、清長第, 五年台徳院殿信濃國上田城を攻給ふのときしたかひたてまつり、, 新三清長成長のゝち與左衞門尉と申す、徳川殿, 〔藩翰譜〕十高力, 高力, 本多作左衞門重次、天野一, 郎兵衞康景と共に三人, ○上, 略, ○下, 十六, 歳, 略, 要害, キ降ス, 河第一ノ, 久野ハ駿, 清長久野, 宗能ヲ説, ニ扈從ス, 上田城攻, 慶長十三年正月二十六日, 三七七
割注
- 本多作左衞門重次、天野一
- 郎兵衞康景と共に三人
- ○上
- 略
- ○下
- 十六
- 歳
頭注
- 要害
- キ降ス
- 河第一ノ
- 久野ハ駿
- 清長久野
- 宗能ヲ説
- ニ扈從ス
- 上田城攻
柱
- 慶長十三年正月二十六日
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- 三七七
注記 (36)
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