『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.517

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と相止候となり、, 明ノ商舶薩摩ニ至ル、, 節御尋ニ付ては、何事をか可申との氣遣ひを以、歴々方の阿部川通ひ、ひし, 中休の節ニ至り、右の書付ニ乘たる遊女共の儀は、御板椽の上へ上置申樣, 小聲ニ成り、此已後もし御人指にて被召呼候義なとも可有間、左樣相心得, 付、夫より俄ニ阿部川町へも踊を指上候樣にと有之、阿部川町一組の大踊, にと有之、一人宛御前へ被召呼、銘々の名まてをも御直ニ御尋被遊、罷立歸, を用意仕、來る幾日の夜と相定りたる處ニ、總遊女共の中にて、其比人々の, 罷出候遊女共の義は、いつれか御目にとまり、不圖可被召呼も難計、左樣の, 覽被成度被思召候へ、木男計の踊りはさのみ面白く被思召さるとの仰ニ, もてはやし候名有女共の義は、其名を書付指上候樣にと有之、其夜踊りの, 罷在候樣にと銘々へ申聞候と也、此取沙汰隱れなく聞へ候ニ付、右御前へ, り候節、御次の間にて、へぎに乘たる御菓子を取、頂戴致させ候とて、福阿彌, 不申付由被申上候へき、御聞被遊、御年寄られ候ては、女子共の踊をこそ御, 〔異國日記〕一慶長十四酉九月廿四日、於本丸上州被仰渡候は、薩摩へ船, 踊り, ヲ城中ニ, 召シ躍ヲ, 家康遊女, 木男計の, 覽ル, 慶長十四年七月是月, 五一七

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  • 踊り
  • ヲ城中ニ
  • 召シ躍ヲ
  • 家康遊女
  • 木男計の
  • 覽ル

  • 慶長十四年七月是月

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  • 五一七

注記 (23)

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