『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.456

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ば、當意則妙なりと被仰、彌笑をふくませ給けり、, れは〳〵、大きなる尾籠かなとて、各瞳と笑ひければ、清正、是を見給ひて宣, して被遣ける、因幡、使をつとめて、江戸より歸たるに、長政、江戸にて、何の沙, 樂人と成、酒宴歌舞を事とし、老後を慰むへしとて、日夜、美女歌舞妓なとを, は、踊子どもが、腹皷はうたすして、見物人が腹をかゝへたるとて、一入興に, ず、腹皷うたん狸はさもなくて見る人いたき腹の皮かな、となん仕けれ, ども有て、諸人の耳目を驚す物見有べきと、内々おもひしに、さきなくて、こは, 入せ給へば、御近所にまかり有ける御はなしの者、一首の狂歌をとりあへ, を見て申たるは、子小性組の踊は、餘組にかはり、いかさま伽車風流なる事, 外譽申候、其故は、清正小身の時より、武功を以て身を立、大國を被下候へと, も、今に至ては、天下太平に戌、武勇も不入時節なれは、今又武勇たてせは、上, 樣にも疑敷思召れ、公儀の首尾も惡かるへし、此後は、武のたしなみを收置、, 召集め、諷まりせ、酒宴遊興にて日を送り候故、公儀ニも、御心易被思召、一段, 汰を聞たるやと問給ふ、因幡答て申けるは、加藤肥後守殿を、江戸にて、殊の, ), 黒田家譜〕附〓或時、長政の家臣衣笠因幡といふ者を、江戸へ使〓と, 本, 別, 舞妓遊興, 清正ノ歌, 清正ノ諧, ニツイテ, ノ世評, 謔, 慶長十六年六月二十四日, 四五六

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  • 舞妓遊興
  • 清正ノ歌
  • 清正ノ諧
  • ニツイテ
  • ノ世評

  • 慶長十六年六月二十四日

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  • 四五六

注記 (26)

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