『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.361

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慶長五年、關原の役に供奉し、十四年十二月十二日、, きは、岩手澤まて扈從す、文祿三年、兄善次郎正次、父清秀か家を繼により、, 弘治三丁巳年、善次郎宣元みつから名を改め、主水佑清秀と號す、, 死す、年三十, 主水佑清秀奉爲著、御甲は菅沼藤藏定政奉爲著之、, 清秀は、大永六丙戌年、三州碧海郡牧内村にて出生なり、おさな名、龜壽丸セ, 云、母は酒井正信か娘なり、清秀十五歳にして元服し、善次郎宣元とあらた, 清秀名を改事, 天正十五丁亥年八月八日、駿府におゐて、秀忠公初而御鎧を被爲召、依鈞命、, む、, 十八年、小田原の役にしたかひたてまつり、十九年、陸奧國九戸御陣のと, されに正次に賜ふところの、武藏國荏原郡の釆地千石を守次にたまふ、, 此菅沼藤藏は、後に土岐山城守と改、, 〔高木深廣録〕清秀誕生の事, 六、法名元向, 妻は花井勘三郎盛次か女, 御鎧召初、清秀奉爲著事、, 二十二日, 今の呈譜, 今の呈, 譜源向、, 十二日死, 年十二月, 慶長十四, 慶長十五年七月十三日, 三六一

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  • 二十二日
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  • 譜源向、

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  • 十二日死
  • 年十二月
  • 慶長十四

  • 慶長十五年七月十三日

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  • 三六一

注記 (26)

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