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を、味方粉骨の眉目あらはるへきにと云り、, 一清秀戰死の趣茨木へ注進、是こよつて、清秀嫡男長鶴丸、, 敵軍を追散し、秀吉を心のまゝにとりひしかさるも、清秀粉骨の働にて、, て押通るとき、玄蕃は秀政、秀成を揖して云、中川清秀か子にて座すか、今, を打亡し歸陣のとき、清秀の嫡男右衞門尉、次男修理太夫、家老ともを召, なりといへとも、膝行頓首して云、御詞のかたしけなきと云、且又玄蕃を, やるそ、面々か父の敵なれは、各に遣すそと被仰けれは、兄弟いまた幼少, 連、道まて迎へ奉る、秀吉御覽有て仰に云、佐久間玄蕃を生捕是まて引せ, 度清秀志津ケ嶽の働比類なく討死候そ、我此度大軍を以て志津か嶽の, 々敷面々の器量か〓と、〓を落すと云り、, 如斯と仰付らるゝと云、旁以拜領同前也と云けれは、秀吉も、流石勇將清, 秀か子也と、泪を催されけるとなり、時に木村隼人、佐久間玄蕃を警固し, 家越前北之庄におゐて自害の由、注進有によつて歸陣也、其後秀吉、勝家, 五歳也、即刻千五百の人數にて出張、其日粟田口にて、柴田方討亡され、勝, 味方勞兵となれる故也、是我か薄運の至り、是非と不及、父におとらや勇, 此とき十, 天正十一年四月二十日, 號右衞, 門尉、, 八八
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- 號右衞
- 門尉、
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- 八八
注記 (20)
- 1799,698,58,1289を、味方粉骨の眉目あらはるへきにと云り、
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