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よく一戰すへし、各は御心次第たるへしとて、其後は返答もなく、持口を, かたく守る、其内と越前勢大岩山の取出を取まきける、一番に清秀〓〓, 鑓を入、敵を追崩し、余呉の海はた迄敵數百人なたれ落、其後本城へ引取、, 手廻り六七十騎にて本丸に引籠り、午ノ刻と至りて、以上八度迄、清秀自, 可防と、使再三におよふ、清秀答て云、此淺間なる要害にて、大敵を防かん, 事叶へきにあらす、然れとも此尾崎秀吉差圖にて差おかれける所を、敵, を見掛一戰にも不及、持口を退へき事、勇士の本意にあらす、敵を引受心, 身〓て出戰、此とき清秀に從ひて防戰する士太田平八、中川淵之介、阿部, 敵に隔てられ、共こ敗軍す、高山右近軍使をばせて、清秀に告て曰、軍ぬ此, 云、此節に及ひ引取へき覺悟にあらす、大臆病の輩と何そ與すへきとて、, 一町計まて押詰る、此とき高山右近軍兵亂れ、木の本迄引取、清秀乃先手, 手廻三百計にて玄蕃先手を合戰、菅杢太夫一番に鑓を入、太田平八次の, 出るは、日の出る頃也、清秀先手は中川淵之介、菅杢太夫、太田平八等、清秀, 鐵炮を以テ防之、時に盛正兵を分て、清秀城下の民屋を燒立、清秀乃旗本, 度にかきるへからに、一先引取、後日に功を立給へと云遣しけるを、清秀, 天正十一年四月二十日, 清秀部下, ノ諸士, 八五
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- 清秀部下
- ノ諸士
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- 八五
注記 (19)
- 1575,697,60,2131よく一戰すへし、各は御心次第たるへしとて、其後は返答もなく、持口を
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