『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.519

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

をは結句ほんそう有て、丹後國をつかはされき、此幽法公は、生得ものをか, りそめにのたまふ事も一作ありて、しほらしき大名也、有時信長公、其方は, なり、然者、したしき中なれ共、信長公をうちたてまつられし時は同心し給, の御代にも、御内衆の形義まて古法におきて給ふ、刀にさや袋なとかけた, 滿座ゑつぼに入侍る、幽法公の御子息與市郎殿は、明知日向守惟任のむこ, きざうりはきたる者一人も是なし、じゆらくの御屋形も皆から紙にて、障, る者をは、御覽し付次第しからせ給ふ、御供のはき物皆あしなかにて、なか, なにの年そと御たつねあれはうへさまと同年と申さる、扨は午の年つと, 仰られけれは、午のとしには候へとも、かはりたるむまにて侍ると申され, き御心にて、手のうらをかへすやうなる亂世に、無事にすくし給ひし名大, をき馬、私は小荷駄馬にて、つねにせなかにをひ物たへすと申されけれは、, けれは、なにとかはりたるとはいふそと仰らるゝ、上さまは金覆輪のくら, はて、かへりて秀吉公と一身なされ、明知を亡し給ふ、かやうによこしまな, 將を、よはき所ありなとゝ申さんは、名歌に難儀を求るっことし、太閤御所, こそ律儀なる侍とおほして、舍兄の水淵殿をは御殺し有つれとも藤孝公, き大名, トス, 質實ヲ主, しらし, 律義ノ侍, 慶長十五年八月二十日, 五一九

頭注

  • き大名
  • トス
  • 質實ヲ主
  • しらし
  • 律義ノ侍

  • 慶長十五年八月二十日

ノンブル

  • 五一九

注記 (22)

  • 1809,639,56,2214をは結句ほんそう有て、丹後國をつかはされき、此幽法公は、生得ものをか
  • 1692,640,57,2214りそめにのたまふ事も一作ありて、しほらしき大名也、有時信長公、其方は
  • 991,642,57,2225なり、然者、したしき中なれ共、信長公をうちたてまつられし時は同心し給
  • 528,647,57,2209の御代にも、御内衆の形義まて古法におきて給ふ、刀にさや袋なとかけた
  • 1108,638,58,2222滿座ゑつぼに入侍る、幽法公の御子息與市郎殿は、明知日向守惟任のむこ
  • 292,643,62,2219きざうりはきたる者一人も是なし、じゆらくの御屋形も皆から紙にて、障
  • 412,642,57,2214る者をは、御覽し付次第しからせ給ふ、御供のはき物皆あしなかにて、なか
  • 1574,642,59,2219なにの年そと御たつねあれはうへさまと同年と申さる、扨は午の年つと
  • 1458,640,58,2220仰られけれは、午のとしには候へとも、かはりたるむまにて侍ると申され
  • 759,645,58,2218き御心にて、手のうらをかへすやうなる亂世に、無事にすくし給ひし名大
  • 1226,637,56,2237をき馬、私は小荷駄馬にて、つねにせなかにをひ物たへすと申されけれは、
  • 1342,641,56,2221けれは、なにとかはりたるとはいふそと仰らるゝ、上さまは金覆輪のくら
  • 879,658,54,2203はて、かへりて秀吉公と一身なされ、明知を亡し給ふ、かやうによこしまな
  • 643,640,58,2220將を、よはき所ありなとゝ申さんは、名歌に難儀を求るっことし、太閤御所
  • 1924,642,60,2218こそ律儀なる侍とおほして、舍兄の水淵殿をは御殺し有つれとも藤孝公
  • 1680,271,39,127き大名
  • 523,277,30,74トス
  • 560,270,42,174質實ヲ主
  • 1726,271,35,172しらし
  • 1934,272,43,176律義ノ侍
  • 193,714,45,429慶長十五年八月二十日
  • 191,2449,42,125五一九

類似アイテム