『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.524

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しらす、天運のかたふくも辨ぬ者のみ侍るを、此藤孝公は、御家は細川殿に, 扇をとりあけ、左の手そとそへて三四間ひらき、音せぬやうに身にそへて, 其置所、疊のめ一ぶんもちかはさりしとの給ふ、幽法公も歌の會なんとに, す、文道歌道をきらひ、己か智惠を慢し、人のいさめをにくみ、臣下のまづし, も、他をそしり給はす、禪法に心を盡、神道を極め、そらことをかまへたる奇, 特不思儀を實とせす、物祝ひをし給はす、さりとて物をやふり給はす、ひと, て貴くおはしけれとも、凡下の者をもいやしめ給はす、諸藝に達し給へと, きをもめくます、貪慾ふかくして百姓あたりきつく、なのれよりうはての, つかはせ給ふ、又、左の手をそへ、たゝみよせて、もとの所によこたへ置給ふ, しく、諸用調らす、佛神を信せす、師親の日も狩山漁取にいて、身に病の付も, 殿の連歌座の行跡を語り給ふ、口のことくおはします、御膝のかたは、らに, つとしてそしる所なき仁君也、歌人は座敷つき肝要也、有時、三吉修理大夫, 友とは交はらす、つゐせう輕薄の者に崇られ、酒宴に夜をふらし、朝寢を久, ての御行跡、右のことくに侍し、又有時、御まかなひ者の恩齋、御前に來り、今, 少よこたへて扇をおかせらる、いたく〓き時は、いかにも靜に右の手にて, 慶長十五年八月二十日, 行跡, 好マズ, 連歌座ノ, 神佛ヲ崇, メ奇異ヲ, 慶長十五年八月二十日, 五二四

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  • 行跡
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  • 慶長十五年八月二十日

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  • 五二四

注記 (23)

  • 1329,650,60,2231しらす、天運のかたふくも辨ぬ者のみ侍るを、此藤孝公は、御家は細川殿に
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